ヒンズー教のお寺「Seetla mata mandir(シータラマタマンディル)」に参拝してきた!

はいっ、インド文化大好きなみんな!ヒンズー教のお寺に行ってきたよ〜。インドはシーク教、イスラム教、あるいは宗教を超えたものと、さまざまなスタイルのお寺が満載なのですが、最も信者の多いヒンズー教のお寺に行くのは実は初めてでした。今日行ったのは、グルガオンのお寺「Seetla mata mandir(シータラ・マタ・マンディル)」です。

お寺に向かう道端に、出店が立ち並び、お供え物セットや生花などが売っています。
お寺そのものは入場料無料だけど、こういったものを買いたい場合は現金が必要です。お供え物は赤と金を基調としたもので、この二色がヒンズー教には大事なんだろうなと察せられます。このときは日本人ママ友5人で行ったのですが、5人分1セットでいいとのこと、全部で251ルピー。
1ルピーが半端なのは、1を付けると縁起がいいというインドの習慣によるものです。
日本はキリがいいお値段を好む傾向にあると思うので、ところ変われば習慣も変わるんだなという感じ。
お祝いのお金なんかを渡すときも1ルピー硬貨をつけることが普通なんだよね。
普通のお土産屋さんでも1ルピーおまけについてくることがあった気がする。

 

 

 

中に入ってみると、大きなライオンが口を開けていたりして、なかなかの迫力。

 

さらに中に入ってみると、壁一面に茶色の手形が無数につけられている。

これはお祈りをする人々が、手にヘナという植物性の染料を塗って、壁にペター!とつけたそう。
一瞬、ホラー映画のワンシーンを連想しちゃった私でしたが、壁に手形をつけていいよ、それがお祈りにもなるよっていう方法、子どもは大喜びしそうだし、楽しいのかもしれない。日本のお寺でそんなことしたらめちゃくちゃ怒られそうだなあ。それにしても、色々なお祈りの方法があるものである。

 

本尊は Mata Sheetla Deviという女神様で、彼女はドゥルガー神の化身でもあるそうです。
ドゥルガー神というのは、シヴァ神の貞淑な妻であり聖母の象徴でもあるパールヴァティ神の変化した姿です。パールバティと違って、ドゥルガーは闘う強い女神。ここでは子供たちに健康を与えてくれる神様としてまつられているそう。さらにカーリーというもうひとつの顔をもっていて、カーリーになると顔は真っ黒、憤怒の表情で、殺戮の神となる。
同じ神様なんだけど、違う顔や名前をいくつも持つのがインドの神々の特徴。

なんだか人間くさくて、インドの神様って身近な感じがする。私は個人的にドゥルガーくらいアグレッシブな感じが好きかも。

本尊は写真NGでしたが、黄金のゴージャスな女神様でした。

周辺にたくさんの他の神様がいらっしゃり、それぞれにその神様を守っている付き人のようなインド人がいて、お祈りすると手や孔雀の羽で頭をなでてくれました。

中央にはスィク教と同じように池があり、オンシーズンともなると1000人は下らない人々が沐浴をしに来るんだとか。マジか…!!!

全体的に広いけど、とても簡素なお寺で、ハエはブンブン飛んでるし(多分ここ涼しいんだろうなと思う。ハエも涼しいとこが好きなんだよね)、どこの場所でもお布施をして欲しいみたいな雰囲気だった。

野良犬だろうなと思われる犬が一匹、お腹が空いてるらしく、遠慮がちにそっとついてくる。

犬そのものよりも、狂犬病が怖くてなかなか近づけず、えさをあげられなくてごめんよ。

同行してくれた友だちのドライバーさんがライスパフをあげてました。

 

出口にたくさんの女性の物乞いがいた。多分私たちが出てくるのを待っていたのだろうと思う。

ドライバーさんと一緒に回っていたので、そんなに怖くはなかったけど、こういうときどうするのが正解なのかいつも悩ましい。結局どうしたんだったかな、軽く通り抜けたような気がする。

 

スィク教のお寺にくらべて、ずいぶん貧しい人達のお寺なんだろうな、ヒンズー教は庶民を救ってくれる宗教なんだろうなと、肌で感じたお寺巡りだった。

同行してくれたドライバーさん、帰りの車で「お願い事はした?」と。しなかったと言うと、

「今度来た時はするといいよ。本当に叶うよ。俺は叶ったよ。何回も行ったからね。」
と言ってた。何かを信じる力、祈る心は宗教が変わっても、お金のあるなしは違っても同じだよね。
インドの人々は本当に信心深いのです。
私ももし次回ここに行けたら、お願い事をしてみようと思う。
 
 
 

コメント

タイトルとURLをコピーしました