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  • 英語の授業で世代差によってネタが通じない話

    英語の授業で世代差によってネタが通じない話

    この記事は、英語のT2(補助教員)として働き始めて1年半経った、本当は英語の教員免許を持っていないほっこりがお送りしております。

    1年目は何もかもが初めてだった私。インドで散々っぱら出川イングリッシュを繰り出してきた私が、最初に中学英語の教科書と向き合った時に最初に思ったのは、「そうだ、過去形、そんなものがあった」であった。

    インドで1回も過去形を使わなかった自信しかない。いわんや未来形をや。いつも今を生きていて、毎日の終わりに「今日も生きていられた」と生きてる実感を噛み締める日々を送っていたのだから、過去形なんて使う余裕はなかったのだろうと思うけど、そもそも頭の中に過去形という選択肢がなかったという事実に、やっと気づいた瞬間なのであった。

    そんな私が2年目になり、少しずつ慣れてきて、担当している単語テストにも小ネタを挟もうとするようになってきた。そんな時、ネタとして何が現代の中学生に通じるのか、彼らが何を知っていて、何を知らないのかがわからないといういわゆる「世代差」を思い知ることとなる。何だったら私が組ませてもらっている24歳や27歳といった、いわゆる平成生まれとの誤差もすごいことになっている。

    例えば中3の単語に「species」(種)という語がある。speciesと言えば、映画のタイトルですよね?

    と思って、「昔、こんなタイトルの怖い映画あったよね」と言っても誰も知らない。それもそのはず、これが公開されたのは1995年。2008年生まれの生徒はおろか、1997年生まれの27歳の先生がささっと調べてくれて、「あ、私、生まれていません」という。そりゃ誰もわからないわね。怖い映画だったから観てなかったけど、後からよく調べたら、かなり大人向けのエロい内容で、授業で紹介するような映画でもなかった。逆に通じなくてよかった。

    例えば中2の単語に「between」(〜の間に)という単語がある。私より少し上の50代後半の英語の先生が、「こういう名前の歯ブラシがあるよな!え?知らない?」と言った。

    ライオンから現在も販売されているが、残念、コマーシャルがやっていたのは大昔。そのコマーシャルでこの単語を覚えたのは50代以降だと思う…。まあ、現在も売ってるのでこれはギリギリセーフか?

    このコマーシャルは1991年

    この先生はその後、雑談の中でも「好きなおでんのネタは何」という質問に生徒が「がんもどき」と答えたとき、「グーグーガンモ」というアニメのタイトルを生徒に教えていた。これまた随分と懐かしい。そしてほぼ同世代の先生方がこのように世代が邪魔して通じない小ネタを授業にさし挟みながら頑張っているんだなと涙を禁じ得なかった私であった。

    懐かしい…というかほとんど覚えてない

    中2の単語に「bump」(名詞…でこぼこ、動詞…ぶつかる)という単語があるのだが、この時私は思った。私の中で比較的新しい小ネタを挿入する時が来た、と。そう、私が連想したのは「bump of chicken」である。これなら中学生にも「あっ!知ってる!」と言わしめるに違いない。とにかく単語というのは、強く他のものとイメージを繋ぎ合わせ、印象付けて、記憶を強化させたいものなのである。私は言いましたよ、そのバンド名を。そしたらどうでしょう。中学2年生でその名前に反応したのはクラスで1人だけ。そして1番すごく反応してくれたのは、24歳の若い先生であった。

    「えっ、お前ら、bump of chicken、知らないの?彼らは高校の文化祭でデビューしたバンドで、とにかく凄いんだぞ?!米津玄師とか、めちゃくちゃ影響されてるしリスペクトしてるんだからな?!」と怒り気味に熱く語ってくれた。そう、これなんだ、こういう反応が欲しかったんだ、生徒に…。私が思う最近の若者の話題というのが既に10年くらいは軽くタイムラグがあるのだということが証明されたのであった。小ネタを挟もうとするたびに、ちょっとした賭けをしないといけないという、ギャンブル精神を刺激されちゃうのです。20代の時に国語を教えていた時はこんな事一度もなかったのになぁ!

    この世代差というものをどうにか何かに利用できないかと思う今日この頃なのであった。

  • 続報。食費10万チャレンジしてみて変わったこと

    続報。食費10万チャレンジしてみて変わったこと

    さて、食費10万円以内にチャレンジしてみて2ヶ月が経過しました。こちらが10月分。

    10万円ギリギリセーフの99321円!!あぶな!食費以外はカードで支払いの分は入れてないので、全然現実を反映しておりません。本当はもちろんもっと支出しております。そのうち入れたいと思っております!そのうち!!

    こちらが11月分。

    90590円。心情的には本当は9万円以内がゴールと思ってるのだけど、これ以上減らすとなると、牛肉が買えないとか、肉の質を落とすとか、野菜の種類を減らすとか、実質的に色々変わってくる気がする。そのあたりのボーダーラインがここなのかなと思ってます。

    この月で特筆すべきは、インドカレーを夕ご飯に注文してピックアップして家で食べる、という、半分外食みたいなことをしたんだけど、それがインクルードということ。そのカレー屋さんがとてもリーズナブルというのもあるけど、なかなかの好成績。

    ビリヤニ大好き!!!

    あとは、旦那氏の実家からお野菜が送られてきたとか、天使のような友人が野菜を届けてくれたとか、そういうイレギュラーなギフトも功を奏していると思われます。前から本当に有り難いと思ってたけど、そのありがたみの重みを感じる能力が爆上がりです。

    なんせ以前の食費が分かってないんですが、月に5万ずつ、3回くらい引き落としてた気がするので、そのあたりの肌感覚から行くと、おそらくですが、5万くらい削減できてると思われます。毎回のお買い物絶対1万円超えてたし、前はスーパーに行く回数が絶対今より多かった。

    さて、そんな感じで、10万円チャレンジをしてみて、自然に変わったことがあります。いくつかまとめてみたいと思います。

    食べ残しの量が減った

    いつも「足りないと良くない」と思って、食事を多め、多めに作っていた私。残ったらまた後で食べればいいと思っていたけど、それで実際長男ハッチが食べてくれたりしたんだけど、その時食べ切れる量だけを作るようになった。もしかしたらちょっと足りないのかもしれないけど。

    冷蔵庫の野菜室の中が毎回空っぽになる

    3日ごとに買い物に行くのですが、3日目に野菜室が空っぽになります。まあ、もちろん少し残ったりもするんですが、前はずーっといっぱい入ってたなぁと思う。だからもし何か突発的なこと(明日急にお弁当が必要だと判明するとか)が起こると困るわけなんだけど、そして一回そういうことがあったんだけど、なぜか錬金術師みたいにお弁当を何もない(はずの)冷蔵庫から捻り出したことがあります。一回くらいならなんとかなる。

    メニューをレシピ検索するようになった

    毎回メニュー3日分を考えるとき、全然思いつかないスランプ期の作家みたいになります。今日の分だけ考えるならなんとかなるけど、3日分を一気には難しい。そこで、レシピ検索をするようになりました。世の中にどれほど素晴らしいレシピが無料で提供されているのか、感動するばかりです。今まで作ったことがないものに挑戦すると、「今日はなんか豪華だね」というお褒めの言葉をいただける時が増えました。と言っても大したことはないのです。その証拠にメニュー覚え書きをお見せします。

    さつまいもの甘酢炒め、初めて作ったけど美味しかった!

    ちなみに、自分の飲み会やエステ代などは、自分の貯金から出しております。ほんの気持ちです。ヘアサロン代は必須ということで、ここから支出させていただいてます。旦那氏は飲み会というものに参加しない、お酒も全く飲まない、ヘルシーでコスパのよい人です。ここ実は大きいかもしれない。

    こんな感じで、なんとか回しております。しかし、流石に12月はちょっと難しいだろうなぁ。

  • 食費をコントロールして変わったこと。1ヶ月10万円への道

    食費をコントロールして変わったこと。1ヶ月10万円への道

    ある朝、生活費を入れている銀行の口座残高が9万円ということに気がついた私。これ、次のカード引き落としの時に「引き落とせません」って来るんじゃない?やばいんじゃない?と焦って旦那氏に相談。とりあえず貯金している口座から少し補填したけど、そもそも生活費がどのくらいかかっているか、夫婦揃って把握していないことに気がつく。

    タイから本帰国したとき、タイバーツを日本の銀行口座に入れた時は、300万くらいだった記憶がある。生活費としてこれだけ残高があるなら安心だなと思ったのを覚えている。その後、そこに給料が振り込まれ、生活費を支払い、を繰り返していくうちに、4年半ほどで少しずつ目減りしていった結果、こうなってしまったのだ。つまり、ボーナス含む収入より支出が上回る生活を4年半続けていたことになる。なんという恐ろしい話であろうか…。娘の1年間の予備校代をここから出したのも大きかったけど、それにしてもだ。

    とりあえずカードの使用履歴と内容の把握。電気代の平均、水道代やガソリン代など、おおまかな「必ず出る支出」を確認。サブスクなどの必要性の確認。そして塾に入った息子がまだチャレンジを続けていたので、速攻解約(長年お世話になりました!)。その後、食費が外食含めて15万以上かかっていることに気がついた。AIに聞くと、5人家族の平均の食費は1ヶ月10万くらいらしい。5万もオーバーしてるやん!!

    そういえば以前、食費をコントロールしようとしたことがあった。その時は外食が高いからと、週末も家でご飯を作り続け、最後に心底嫌になり(笑)、その後インドやタイに行くことで外食がとても心に重要だと分かったため、またルピー マジックやバーツマジックで混乱したまま日本に本帰国したので、もはや何も考えず使っていたのである。

    もちろん、そんなに無尽蔵に使っていたわけでもなく、必要と思うものしか買っていないつもり。外食をなしにするのもまた心底嫌になるのは目に見えるし、そもそも5万も削減なんて、無理としか思えない!でも、例えば食費10万だとどういう食生活になるのか?という実験としては、面白いかもしれない?

    そこで1ヶ月10万円だと1日いくら?から考えてみた。なんだかんだで必ずオーバーするだろうから、端数をなくすために1日3000円と考えてみる。3000×30日でざっくり9万円。この中にお米とかも入るんだよね?無理じゃない?

    お米は一回3合炊く。これでだいたい1日分賄える。3合は450グラムなので、5キロのお米を2週間に1回買えばいい。今買ってるお店がだいたい2650円なので、1ヶ月5300円、これは端数の一万円に入れたらどうだろうか?3日分の買い物を3日に一度買うことにして、一回9000円。これで行ってみよう!

    みたいな感じで始めた食費10万円生活が始まって、今20日経つ。変わったことがいくつかあるので、備忘録としてまとめてみる。

    ・パンをホームベーカリーで焼くようになった

    美味しいパンが「Iroha」さんでしか買えないインドでは毎日焼いていたけど、美味しいパンがたくさんあるのになぜ自分で焼く必要があるの?と、タイ以来一度も焼いてなかった。じつに6年ぶりである!

    ・うどんを生麺で買うようになった

    冷凍も常備しているしそんなに高くないんだけど、すぐに食べると分かっている分は、生麺の方が単価が安いと気がついた。

    ・メニューを先に決めてから買い物するようになった

    そうしないと買えないことに気がついた。スーパーという現場で買いたいものがとても高い、などの場合はその場で変更するときもあるが、安いから買おう!がなくなった。これは大きい。

    ・ちょうどの量を作るのを目指す。少し足りなくても気にしない。

    今まで「足りなかったら悪いな」という気持ちが、多め多めに作ることをよしとしていた。でも多いと食べられないし、少し足りないと思って作ってもちょうどだったり、なんだったらそれでも余る時もあり。

    ・なるべく安いスーパーで買うようにする。

    1番近いスーパーがちょっと高めなので、できるだけ業務スーパーや、安めのスーパー、直売所などで買うようになった。

    ・家計簿アプリを入れた

    レシート撮影で全部把握してくれる。グラフにしてくれるのでわかりやすい!入れたアプリはこちら。

    現在の我が家の家計はこちら。

    食費10万として、服やトイレットペーパーなどの他の消耗品などの費用は1ヶ月いくらかかるのか、様子を見ているところ。

    外食も禁止というわけではなく、月に1回か2回くらいは特別にOKー!という感じにしようかなと思って、先日久しぶりに外食してみた。

    ナス炒め定食。中華風かと思ったら意外と味噌炒め。もやしも入って美味しかった!

    こんな感じで現在、1日から数えて16日経過。食費が43000円、1日だと2700円で収まっている!保存してたものを消費してる部分もあるので、まだわからないけど、くっきり変化したのは、野菜室が3日ごとにめちゃくちゃ空っぽになること。また、なぜか燃えるゴミの量がすごく減った。今日はついに、やらなきゃと思っていたこれ。

    現在5日間の秋休みなので、暇に任せて味噌を2キロほど仕込みたいと思います。コントロールする楽しさというのは、あるんだなぁ。以前のように心から嫌にならないのは、誰かにさせられている感じがなくて、ゲームみたいに思っているからかも。インドあたりから思っているんだけど、人生はいかに色々味わい楽しむかという、ゲームみたいなもんだよね。

  • 日本人学校に通わせること、国と国との境界線に立った時に感じること

    日本人学校に通わせること、国と国との境界線に立った時に感じること

    中国の深圳にある日本人学校で、10歳の男の子が殺傷されたという痛ましい事件が、2024年9月16日に起きました。犯人は中国籍の男性で、母親と一緒に登校している最中の出来事だったそうです。私はこのニュースを聞いたとき、衝撃と驚きを感じながらも、ついにこんなことが起こってしまったと感じました。起こるべくして起こったというか、全く意外ではなかった。

    私は中国に住んだことも、旅行したことすらもありません。日本と中国とは、歴史的にさまざまな出来事があり、その過去のためになかなか良好な友好関係を結べない一方で、お互いに無視できないほどの強い関係性を持っている国だと認識しています。でも、別に日本と中国が特別変わった関係にあるとは思いません。隣国というのは、どこの国も多かれ少なかれ、そんな関係を持たざるを得ないのだろうとも思います。その程度の知識で何かを言うとしたら、それは「日本人学校に子どもを通わせること」についてです。

    私はニューデリー日本人学校と、バンコク日本人学校に、3人の子どもを約2年ずつ通わせました。日本人学校というのは、文部科学省から派遣された教師が、文科省が定めるカリキュラムを、日本語を使って学ばせる場所です。日本国籍を保有している子どもしか通うことができないという基本的なルールがあります。そのため、運動会や文化祭のような行事も含めた、いわゆる「日本の教育を受けられる場」として設立されています。残念ながら、給食や掃除の時間はなかったですが…。(お昼はお弁当で、掃除は現地の方がスタッフとして、掃除をしてくださっていました)設立する資金は現地にある日本企業が出資します。

    つまり、教育内容は限りなく日本の公立学校と同じなのだけど、学校自体は私立学校。またそれぞれの国の文化や言語を反映した授業やイベントが行われることも多くあるようです。例えば、バンコク日本人学校は、タイ政府の要請により、タイ語の授業が必須科目でした。インドでは政府によるそんな要請は特になかったと思いますが、学校自ら、総合授業でインドをテーマにしたり、インドの文化を感じる1日を行事として設定したり、小学校の修学旅行先がタージマハルだったりと、文化を学ぶ機会を積極的に行っていたように感じました。

    日本人学校とは、現地に住む日本国籍の児童たちの「日本の教育を受ける権利」を保障してくれる、その国に住む子育て世帯の日本人にはかなりなくてはならない、貴重な場所だと言えます。どこの国のどの都市にもあるわけではないので、もし日本人学校がない場合は、その国のインターナショナルスクールか、現地の学校かという二択になると思われます。インターがなければもちろん現地校一択です。日本人学校があったとしても、そこに行かずに、インターや現地校を選ぶ親もいます。駐在家族の場合、その辺りの規定は各企業によって違いますが、そんなに安くない学費は基本的に企業が出してくれるので、中には「インターに行くなら自費」という企業もあったようです。また、駐在ではないけれど、現地の方と結婚した日本人の子どものような二重国籍の児童(いわゆるハーフ)が、日本語を確立するために通うという場合もありました。その場合はもちろん、学費は自費になります。

    私はインドとタイという、たまたま「親日国」と呼ばれる国にしか駐在していませんが、それでも毎日、「もしかしたら思いがけない事件に子どもや自分が巻き込まれるかもしれない」という思いは、日本にいる時の倍は感じ続けていました。なぜなら、その国の歴史もよく知らず、その国の文化の素養もなく、つまりその国の「文脈」というものがよくわからないからです。

    向こうから歩いてくる人間がどのような人間か、わからない。これが私の最初に感じた恐怖でした。日本なら、この国の「文脈」がわかるので、その人の服装や目つき、歩き方や、いつどこにいるのか、みたいなことから、その人がどのような立ち位置か、だいたいの見当はつきます。子どもと外の道を歩いている場合、親は無意識に近いところで、そのようなチェックを皆さん、しているのではないでしょうか?日本だとそのセンサーはほとんど反応しないのですが、海外だとセンサーは突然忙しくなります。なぜなら相手がどんな立ち位置なのか全く掴めないからです。

    しばらく暮らしていると、それでもだんだん見えてくるものはありました。が、住んでいる短い間にも、インドでもタイでも突然、テロや暴動のようなものが起こったり、道端で爆発物が爆発したりしていました。暴動で水道が止まってしまったり、日本人のスクールバスやインターのスクールバスに投石があったりしたこともありました。豪雨で渋滞の中スタックしたスクールバスが家に到着したのが夜の9時過ぎということもありました。タイでは小さな子どもがショッピングモールなどのトイレで拉致され、臓器売買などに使われるという話を聞くことが多く、実際に誰か被害に遭ったということはないものの、「いつ何に巻き込まれてもおかしくない」というのが、我々の肌感覚でした。日本に住んでいると感じないこの「1枚の皮で繋がっている」ような感覚、「今日も無事生きていられた」という感覚は、インドの方が強かったとは思いますが、タイでも全くゼロではなかったです。また、もし大きな地震や洪水などの自然災害があったら、きっと国は当然、最初に国民を守ろうとするだろう、我々はこの国にとって最初に考えてもらえる存在ではない、というふうに考えたことも多々ありました。もちろん、それは国として当然のことなんですが。インドでもタイでも、小さいですが地震はありました。

    そんなふうだったので、ましてや、反日感情が強い国に住むというのがどのくらいピリピリしたものなのか、在中日本人の方々の心中がいかほどか、それは想像するまでもないと思います。また、深圳の事件があった以前にも、同じような事件が蘇州で起こり、その時は日本人親子は無事だったけれど、守ろうと身体を張った中国人女性が亡くなっています。それを受けて、深圳では警備を強化した矢先の事件だったようです。

    事件後、様々な情報がネット上で流れてきました。中国の教育が悪い、だから中国人はみな、日本のことを心底嫌っている。いや、現地の人は男の子の死を心から悼んでいる、それが証拠に数多くの献花が並んでいる。いやいや、それは演技で、中国語のコミュニティでは犯人英雄扱いしている…。中国のことをよく知りもしない私は、何を信じればいいのでしょうか。

    登校中の子どもが殺傷された事件は、日本でも何度も起こっています。中でも私が忘れられないのは、2017年、千葉県松戸市で、登校中のベトナム国籍の女児(当時9歳)が日本人男性に殺傷された事件です。犯人の男性は当時、誰もが知っている保護者会の会長で、現在は死刑を求める署名を集められながら、無期懲役の状態にいるそうです。なぜこの事件が特に忘れられないのかというと、当時、女児の保護者がこう言っていた言葉が残っているからです。「日本は歩いて登校できる安全な国だと喜んでいた。それなのに…」うろ覚えなので言葉の並びは違うかもしれないですが、2017年当時、私は子どもをインドでスクールバスで通わせていて、日本では徒歩で登下校できてよかったなぁと思っていたところだったので、この言葉が突き刺さりました。そして思いました。日本のことを信じてくれていたのに、裏切ってしまって本当に本当にごめんなさい……。

    私は、中国の皆さんが深圳の事件をどう思っているのか、そもそもこの事件を知っている人がどのくらいいるのかも知りませんが、どんな人であっても、私と同じような感情を持つと信じています。なぜなら、我々は同じ人間だからです。どんな教育を受けようと、どんな文化の元で育とうと、目の前の男の子が戦時中の日本兵ではないこと、人を殺したら自分が罪を着ること、そんなことをしたところでどんなことも悪化こそすれ好転はしないことは、誰でもわかることです。誰でもわかるその社会のルールが分からなくなるのは、その社会から逸脱した人だと思います。そして、社会から逸脱した人というのは、どの社会にも一定数いるのだと思います。彼らがもし満ち足りていて幸せであったなら、そんなふうに逸脱する必要はないのです。

    私はリアルな中国を知りませんが、中国語や中国の文化を少し知っていて、漢字というものを発明した文化として、とても尊敬しています。また、我々は似通ったところがあるなと感じています。歴史的にとても難しいかもしれませんが、我々漢字文化圏がタッグを組んだらさぞ面白いのにだろうになと思っています。

    この事件をきっかけに、深くいがみ合うことは、あってはならないことと思いますし、お互いに妄想に囚われて無用な攻撃をし合うことがないといいなと思います。

    相手は普通の人間であることを、信じることをやめてはいけないと思います。

    東京新聞

    朝日新聞

    産経ニュース

    NHK

    読売新聞

  • 子ども部屋レイアウト。ついに仕切りをつける。

    子ども部屋レイアウト。ついに仕切りをつける。

    本帰国してからの子ども部屋。インドに行く時は上から子どもが小学校4年、幼稚園年長、3歳だったので、子ども部屋はプレイルームのようになっていて、一応4年生用の勉強机はあったけど、ほとんど使ってない状態だった。

    本帰国した時、子どもは中3、小5、小2。小1であった。勉強机を1年生のときに買うのがデフォルトな現状を考えると、全員に机が必要な状況。でも中学生にならないと、自分の机では勉強ないであろうという考えのもと、小5の机を先に買う。そして2つに仕切ろうとするが、壁ではなくカーテンがいいということで、この時点でカーテンを設置。

    この辺りの話はこちらの過去記事をご覧ください。

    子ども部屋のレイアウト完成

    このカーテンの難点は、地震が起こったときに支柱がゆるんで、支柱ごと倒れてくるというもの。はっきり言ってめちゃくちゃ危ない。そこで早々に取り払い、3年ほどこの状態であった。

    私的にはこれでいいと思っていたのだけど、長女ラスカルから何度も「間仕切りが欲しい」とリクエストがあり、ついに間仕切りを購入。

    買ったのはこちら。

    ポイントは「突っ張り棒で支えるタイプではなく、自立する」でした。

    また、サイズが人の身長くらいで、上の空間は空けてエアコンの風を通せること、色がドアと似ていて圧迫感がないこと、有孔ボードは一般的によく使われていて、付属品なんかが豊富なので、欲しくなったら簡単な棚をつけたりする選択肢が豊富というのも決め手でした。壁を工務店に頼むことも考えたけど、エアコンを増やす必要があることと、もしやってみて嫌だったときにリカバリーが難しいことから、却下になった。

    この有孔ボード、キャスターがついてるけど、今回特に動かす必要はないので、ていうか動くと逆に使いづらいので、つけないで設置。1階から2階に運ぶのは、女性だと難しい感じでした。成人男性なら大丈夫。ボードと脚をつける作業はプラスドライバーが必要でしたが、とても簡単でした。

    設置してみるとこんな感じ。

    めっちゃいい感じ!

    こちら側からの風景。

    そしてこちら側も。

    ここで長男ハッチのスイッチが入り、レイアウトを変えてみたところ。

    よい…とても良い。彼曰く、やっと自分の部屋みたいに感じられるそう。

    壁をもし工務店などに頼んだら15万ほどかかる。有孔ボードは合わせて58000円ほど。もしDIYで作ったらもっと安くなったかもしれないけど、その分時間も労力もかかる。最もベストな選択ができたのではないかと思う。

    まあ、上の娘フローレンが家を出てくまであと半年しかないんだけども!!!

  • ビリヤニが美味しい!&元インド駐在妻が食べたいカレーリスト@「アルナパレス」

    ビリヤニが美味しい!&元インド駐在妻が食べたいカレーリスト@「アルナパレス」

    前から目をつけていたインドレストラン「アルナパレス」に行ってきました!

    アルナパレス宇都宮店

    【住所】〒321-0151 栃木県宇都宮市西川田町1026−58

    【営業】11:00〜15:00 17:00〜22:00

    【電話】028-678-2722

    【google map】アルナパレス

    駐車場は6台くらいありました。

    店内に入るとスパイスの香りと共にボリウッドミュージックが流れ、インドの雰囲気を満喫できます。ボリウッドミュージック最高。

    ナンやご飯のお代わり自由!だそうだけど、ナンをお代わりするならカレーもほしい私です。えっ私だけ…?!

    チキンカレーでも、バターチキン含め7種類もある!もしカレーを頼むなら、私が最初に選ぶのは、ベジタブルカレーの「バターパニルマサラカレー」。パニールという、カッテージチーズをギュッと四角くまとめたものが入ったベジカレーで、バターチキンカレーと似た華やかな味でありながら、バターチキンより重くない。何よりパニールが美味い。他では食べられない味。また、ミックス豆カレーやひよこ豆カレーも捨てがたい…!シーフード好きの人はミックスシーフードも絶対美味しいと思う。

    また、コルマカレーがあるのも素晴らしい。カシューナッツをベースにしたカレーで、これも美味しいし、辛くないと思うので辛いのが苦手な人も食べられるし、どこでもあるメニューではないと思う。卵カレーも絶対美味しいと思います!

    ひよこ豆カレーといえば、このセットもオススメ!バトゥラ(バトゥーレとも)とは、揚げパンみたいな大きなナンのようなもので、中は空洞になっているので食べやすく、カレーとよく合います。ひよこ豆カレーと食べると、まるで本格的なカレーパンのような味わいになります。インドでもこの組み合わせはテッパンです。次は必ずこれを食べることにしよう。しかしバトゥラ2個も食べられるだろうか。

    が、今日の目的はコレでした!マトンビリヤニのセット1200円(税込)。個人的にはビリヤニはマトンが1番美味しいと思う。他にベジタブルと、チキンがありました。

    食べたらまあ美味しいこと!!!このヨーグルトは中にきゅうりなどが入ってる「ライタ」というもので、混ぜて食べると、まるでチーズみたいな濃厚な味に変わってさらに美味しいのです。きゅうりの食感もよい!マトンもホロホロで、臭みもなく、スパイスとの絶妙なコンビネーションが味わえます。ご飯もちゃんとパラパラでした。

    セットにマサラティー(マサラチャイ)がついてました。ドリンクはどれでも選べました。

    パーティーや食べ放題、飲み放題2時間1人4000円というコースもありました。めっちゃお得だよなぁ。インドビールも飲み放題の中に入ってました。思い切って来てよかった!そしてまた来ます!目指せ、宇都宮近辺のカレー屋制覇!!

  • おすすめのヘアサロン「美容室K.Kreis Via ケークライス ヴィア」と、2024年夏休みまとめ

    おすすめのヘアサロン「美容室K.Kreis Via ケークライス ヴィア」と、2024年夏休みまとめ

    ずーっと髪を切ることを拒み続けて、この暑い中お尻くらいまである髪を、洗ったり乾かしたりゴムでお団子にしたりしていた次女フローレンですが、先日バレエでシニョンがあまりに重かったため

    ついにばっさり切りました。彼女はありとあらゆる情報をYouTubeから得ていて、ストレートパーマなるものをかけてみたいと。カットだけなら2750円なのに、学生パーマだと11000円ー!(まあ、これだけ長かったら、それでも比較的安いと思うけども)

    3時間かかって、こうなりました。

    スッキリさらさらー!めっちゃ軽くなったそうです!

    今や私のみならず、子ども3人ともお世話になっているヘアサロン、「美容室K.Kreis Via ケークライス ヴィア」。美容師富川さんの腕がいいので、髪が伸びても変にならない。そして気さくなので、トークが上手で、楽しくおしゃべりしてるうちに終わる感じ。こんな楽なことない!

    Kcreis Via予約ページ

    先日はここで、私も更に短くしてもらったうえに、自分へのご褒美として、ヘッドスパまでお願いしちゃいました。頭皮が凝ってるとよくないんだよね。地肌ツルツルになり、至福の時間を過ごせました。

    この夏休みは、予備校生フローレン、中3ハッチを抱えて、彼らがそれぞれ塾や予備校に毎日のように通っていたので、末っ子フローレンは基本的にずっと家にいました。

    床でも勉強する受験生2人

    でも、バレエの発表会があったり、宇都宮の夏祭り「宮まつり」や、自衛隊の地元の夏祭りに行ったり(日本で肉眼で打ち上げ花火を見たの初めてと言ってました)、ラジオ体操に行ったり、すいかを食べたり、由緒正しい日本の夏休みを満喫できたのではないかと思います。一泊だけ旅行もしたし。

    私も小学生の子どもと過ごす夏休みは最後なので、家で一緒に一日中ダラダラしたりできて楽しかった。来年は中学生、高校生、そしてラスカルは家から自立しているのかな?きっと一変しているのだろう。

  • フランスの家庭的料理が楽しめるフレンチレストラン「Le Poulailler(ル プライエ)」

    フランスの家庭的料理が楽しめるフレンチレストラン「Le Poulailler(ル プライエ)」

    同じ職場の同僚が引越しすることになり、彼女の行きつけのレストランでお別れランチをすることになりました。

    フランスの男性のシェフがオープンキッチンでお料理からデザートまでを作るスタイルのお店。フランス料理と言えばなんとなくコースになるイメージですが、ここはワンプレートランチの気取らないお店で、リラックスしながら心地よくランチできました。

    Le Poulailler(ル プライエ)

    【住所】栃木県宇都宮市西一の沢町5−17

    【営業】12:00〜15:00 18:00〜21:00(水・日定休)

    【電話】080 4348 0035

    駐車場が4台くらいなので、乗り合わせて行くと安心。予約していくことをお勧めします。

    ランチはその日によって違います。本日のラインナップは…

    鴨のチョコレートソースがけ

    鶏の山椒のソース

    本日のお魚はサワラでした。お魚のサイズ感!

    仔羊のロースト

    それぞれの付け合わせの野菜もカラフルで美味しい。

    パンはお代わりできました。これも美味しい!

    デザートはチーズケーキを選びました。濃厚なチーズが味わえました。

    タルトもあって、美味しそうでしたよー。

    コーヒーがついて、1960円でした。

    「今日のスープはガスパチョだよ!」と言われて、ううっ、美味しそうだなと思ったのだけど、絶対量的に食べられないと思って断念。スープはプラス300円だったかな?

    店内はレストランというよりは、めちゃくちゃオシャレな自宅みたいな雰囲気で、オーナーシェフも気さくでおしゃべり好きなので、常連さんが多めなのかなという雰囲気。シェフはフランス人ですが、日本語ペラペラです。しかも明るくてユーモラスで、おちゃめなキャラクター。

    夜の時間帯も同じメニューとのことですが、お酒が飲めるそう!この素敵な空間が夜になるとどんな風になるのか、いつか見に行ってみたいな。

  • 本格的なスパイスカレー「コロンビア」@ユニオン通り

    本格的なスパイスカレー「コロンビア」@ユニオン通り

    東武百貨店宇都宮の前にある「ユニオン通り」は、「オリオン通り」が終わった先にある、小さな路地です。昔からやっている個人店にまぎれて、若者向けの雑貨屋や古着屋が並ぶ、魅力的な通り。そこの一角にあるのが「コロンビア」です。

    この通りにある「パパラチア」という素敵な雑貨屋さんにて、元インド駐在妻の「Nunonone」ちゃんが、毎年夏になると期間限定のお店をオープンしていまして、2024年は3回目でした。残念ながら行けず、会えずだったけど、2年前に彼女から購入したインド綿のブラウスは、暑い今年の夏も長女と取り合いながらヘビロテです。

    Nunonone

    さて、そんなインド繋がりの彼女が教えてくれたカレー屋さんが「コロンビア」です。中に入ってみると、内装も可愛くて落ち着く感じ。

    早速メニューを拝見。

    ドライタイプとスープタイプがあって、トッピングが選べます。

    旦那氏が選んだのはこちら、ナスのキーマカレー。福神漬けは無料で付けてくれました。

    私が選んだのは、アボカドと豆のカレー。食べてみると、スパイスで正しく作ったカレーで、キーマカレーとはまたスパイスの配合が違うのが分かりました。めちゃくちゃ美味しい上に、身体が喜ぶ感じがすごい。お腹いっぱい食べたのに、後で全然もたれない。外食でこんな身体に優しくて美味しいカレーが食べられるなんて!素晴らしすぎる。

    暑い夏こそ食べたいカレーでした。また行きたい!!

    コロンビア

  • 通信制高校を卒業してからの娘の進路と近況について

    通信制高校を卒業してからの娘の進路と近況について

    長らく更新が滞っておりました。やはり気持ちが落ち着かないと文章って書けないんだなと、しみじみ感じたこの数ヶ月でした。

    インドとタイから本帰国して公立の進学高校に入学した娘が、ミスマッチから少しずつ学校に行きづらくなり、無理を重ねた結果、心を病んで退学した話は以前書いた通りです。

    その後自分の選んだ通信制高校に所属しつつ、海外の大学にいくつかオファーを出すための試験を受けたり、書類を作ったり、課外活動と呼ばれるワークを実行したりして暮らしていました。

    具体的には、バイトをしたり、友だちに会ったり、旅行をしたり、色々な活動をする一方で、通信制高校の先生や、オンラインの英語の先生、またバレエの先生にも助けていただきながらレポートを作成していました。

    それでもトータルすれば、1日の中でほぼ家に1人だけでいるような生活だったので、突然眠くなり寝てしまったり、昼夜逆転まではいかなくても、朝皆が出る時刻には起きられず、一方で皆んなが寝てしまっても起きていて、いつ寝たのかなというような生活のリズムになったりもしていました。私から見れば、1人で孤独に闘っているような印象でした。特に最後の方は、結果を待ち続けることになり、何に向かっていけばいいのか見えず、身の置き所がなかったようです。

    その結果ですが、アメリカの大学には受かったのですが、学費が1年間で700万超えと、我々にはとても払える金額ではありませんでした。大学からは奨学金として学費を約半額(360万くらい?)にする申し出があったのですが、それでも4年間となると、やはり払える額ではない…。学費のほかに寮費が年間100万かかるのはまだ良心的だと思えたけど、円安ということもあり、生活費だけでも年間150万から200万かかるだろう、渡航費その他もかかるだろう…と何度も計算したのですが、やはり全然足りないです。

    もうひとつくらい奨学金が受かれば行けるかな?と、いくつかトライしてみたのですが、それがなかなか受からなかった、ということで、結局、入学は見送りました。

    もしかして、よくご存知の方がおられたら、「この奨学金なら貰いやすいよ」とか「こうすればよかったのにね」などがあるのかもしれませんが、娘が自分の力で精一杯調べて頑張って受けて、その結果がこれであるということは、つまり縁がなかったのだろうと思います。少なくとも、今ではないのだろうと。親としては、お金がないから行かせられない、と言うのは辛いものがありましたが、少し無理すればなんとかなる、というレベルの差額ではなかったので、逆に諦めがつきました。まあ、すべて起こるべくして起こってるのだろうし。

    本人は、大学に受かったことで、これまでの頑張りは認められたと思えたそうで、学費に関しても、奨学金ありきの話であることは最初から分かっていたので、諦めがついたとのこと。「納得」というのは、実は何よりも大切だと思います。それが手に入っただけでも、1年頑張った甲斐はあるというものです。

    もちろんそうは言いながらも、一度はアメリカ行きをイメージしたと思うので、内心は辛かったと思います。もっとたくさん英語を話したい、スキルを上げたいという欲求も満たしたかっただろうな…

    現在は、気持ちを切り替えて、日本の大学を受験することにして、予備校に通う毎日です。日本の大学からも海外に行く道は色々あることに、やっと目を向ける気持ちになってきたようです。とは言え、今まで日本の大学のための受験勉強をほぼ1年やって来なかったので、予備校の先生から見たら、部活ばかりやっていた高3くらいの状態のように見えるらしいです。ちゃんとした模試などはまだ受けてないのですが、英語以外は壊滅的と言ってもいい状況なのではと察せられます。

    娘本人は、「毎日朝起きて電車に乗って学校に行き、何時間も座って授業を受けてまた帰ってくる」という毎日をこなすので精一杯な感じ。そのルーティンにやっと慣れてきた様子です。勉強は、出来る限り取り組んで、どこまで理解できるようになるか試していこうという意欲はあるようです。アップダウンはもちろんありますが。

    私自身、娘が高校をドロップアウトする前は、子どもは勉強はよりできたほうがよくて、より偏差値の高い大学に受かるほうがよいと、漠然と、無意識に近いところで考えていました。より高く、より広く、より良い場所へと上へ向けて生きていく感覚です。

    でも、今はその自分の思い込みに気がついて、「違うな」と思っています。

    人生は自分のものだけど、もし誰か、社会や常識も含めて、自分以外のものの意向に完全に沿って生きていってしまうと、自分で舵を切って航海している感覚は持てない。

    成功も失敗も、考えて悩んで悩んで、でも自分で選択して初めて、結果ごと「自分のもの」となる。例えば天災とか、転職とか、どんなに自分とは関係なく「他力的に」物事が起こったとしても、それに主体的に取り組むかどうかで、自分の人生の主人公が自分であることを実感できると思う。海外駐在なんてまさにそうで、私は主人の付属部品ではないという「あがき」が、駐在帯同生活の根幹だったんだなと、今では思う。

    彼女は、失敗を含めて、自分には必然のものだと考えるのが理想だということは何となく分かっているようです。だから、頑張って取り組んでいるけど、そもそも受験勉強というのは、戦争というだけあり、そんな生優しくもなければ、楽しいものでもない。日々ため息をついたり、自分を鼓舞してハイテンションになったりしながら、それでも毎日進んでいます。

  • 不登校からの、高校退学してから1年の娘近況

    不登校からの、高校退学してから1年の娘近況

    高校の辞め方

    ずいぶん更新が滞っておりました。

    長女ラスカルが県内1番の進学校に入学して2年、その高校の空気感や方針、先生方の授業や部活の指導に必死で従ってきた結果、鬱を発症し、2年が終了すると共に高校を退学しました。その後のお話をここではしたいなと思います。

    そもそもなぜ退学だったのか

    私が最初に感じたことは、先生方の指導の通りに行動した結果が「鬱発症」だったので、最初は、「どう責任取ってくれるのかな」という気持ちでした。

    彼女は小学校の頃から、先生や学校が望む生徒の姿を察知し、それに近づこうとする子どもでした。中学校まではそれでなんとか上手く行ってたのですが、高校になった途端に、そんな子どもたちが大人数いるためか、全く「褒められなくなった」と感じて、だんだんモチベーションが下がってきました。

    褒められるどころか、「出来て当たり前」で、できなければ叱られる、みたいな環境が「進学校」の内情でした。叱咤激励とかじゃないんです。出来ないと認められず、無視され、あまつさえ不満を言われるんです。これが教育と言えるのだろうか…?私も教育現場にいる身としては、衝撃でした。

    でももちろん、学校はそんな責任は感じてもいないし、取ってもくれないので、本人と親がなんとかするしかない。

    ラスカルはとにかく学校に行こうとすると腹痛が始まり、無理矢理行くと涙が止まらない、などの身体的な反応が顕著で、学校を辞めさせることで心身ともに回復しないと、もっと酷い状態になりそうでした。本人曰く、学校登校中に「消えたら楽になるのかな」などと考えていたそうです。

    退学はとても簡単で、退学したい旨を担任に伝えて、用紙に記入すれば終わりでした。学年主任は「今よりもっとよい選択として退学を選ぶということですよね」と言われました。ということですよね?なんだその聞き方?

    本来なら、最後に学校長と面談をするという話でしたが、なんだかうやむやのうちに、学年主任と担任だけで面談は終わりでした。なぜ学校長との面談がなくなったのかの説明も全くないのがすごいなと思いました。誠意はどこに?もし企業ならありえない展開。こんなだから先生は社会ではやっていけないって言われちゃうんだよ。

    おそらく、以前私が3時間かけて訴えたことを、「モンペに色々言われて嫌だったし大変だった、もうこれ以上喋らせてはならない」という心持ちの中でそのようにまとめられたのだろうと感じました。私も大人なので、「はいそうです」と言うにとどめ、文句や皮肉や捨て台詞も言わず、今までお世話になりました、と言って終わりました。でもこれ書きながら思ったけど、半年以上経った今も、私相当怒っているんですね。愚痴をつらつら書いて失礼しました。

    てことで、高校辞めるのは簡単でした。誰も引き留めたりしないし、学校に一回行って、一筆書けば終わりでした。

    高校を辞めてからの動き

    さて、ラスカルは高校を辞める前に、通信制高校への編入の手続きを進めていました。辞める前に次の高校へ行けるかどうか確実にしておくのは、鉄則だそうです。通信制高校も色々ありますが、彼女の選んだのは「東京インターハイスクール」という、文科省認定ではない「各種学校」扱いのもの。学校自体は渋谷にあり、時々行くけど基本はオンライン、というコースを選びました。そのため、ラスカルはオンラインスクールとは別に自治体の行う「高卒認定試験」を受けました。それに受かりさえすれば、高校卒業資格は得られ、大学を受験することもできます。

    東京インターハイスクール

    高等学校卒業程度認定試験

    通信制高校は様々なタイプのものがあり、今や20万人以上の高校生が通信制高校を選んでいるそうです。個人的には、「文部省認定」で、「通える距離に学校がある」ことが1番ラクなのではと思います。同じ状況の友だちが全くいないのは、それはそれでしんどいものがあります。最も学費が安いのは、公立の通信制高校ですが、県に一校しかないので、通える範囲であれば検討しても良さそうです。また、私立では、宿泊旅行みたいなものを必須にしている学校もありました。海外留学のコースも併設している学校もいくつかあります。どの学校も、とても親身に話を聞いてくれる印象があります。お子様の希望と予算に沿って、どんな学校がいいかを決められればいいですよね。

    幸い、ラスカルはその学校に編入できましたが、学費がとてもかかる(ざっと1年で100万円)ので、バイトを始めました。コンビニと、卒園した幼稚園に併設されている、発達障害の子どもたちの施設で子どもと遊ぶ仕事、そして高校生でも応募可能なオンラインの英会話塾です。

    集団に所属しない彼女には、そのバイトが唯一、実社会と繋がる手段でした。また、頑張ればお金がもらえるというのも手ごたえがあったようです。高校では、どんなに先生の仕事を肩代わりして頑張っても、1円にもならなかったですもんね。同時に、自分が好きなようにお金を使うことができるようになったのもあり、彼女は少しずつ、生き生きとした表情を取り戻していきました。

    とはいえ、揺り戻しのように、「なんで私は高校を辞めないといけなくなったんだろう」と思うことも定期的にあったようです。そのたびに私は、繰り言のような彼女の話を聞きました。彼女もまた、起きた出来事を消化するのに時間がかかったのです。

    「もし彼女がインドに行かなかったら、インタースクールに通わなかったら、英語なんて話せなかったら、こんなことにはならなかったんだろうな」と私は思います。下手に広い世界を見てからの、閉鎖的で非理論的な日本の公教育は、とても納得できない世界だったと思います。でも、だから「行かなければよかった」とはならないです。これは必要悪、この経験が必ず後から大事な経験となる。それが我々の、藁にもすがるような共通理解でした。

    長女の心の変化

    バイトしたり、1人で家で勉強したりの毎日の中で、彼女は「インドに行く」ことを決めました。彼女が参加したのはこちらの主催しているツアーでした。

    タイガーモブ

    さまざまな失敗やトラブルをかいくぐり、予定通り、インドに行って、3週間過ごして帰ってきました。そのことで、インドの楽しい生活は、会社の庇護のもとにあったのだということは理解できたと思います。一方で、やはり日本にはない解放感や展望のようなものを感じ、生き返ったように帰ってきました。

    【インド体験談 vol.7】謙虚に着実に、時には果敢に挑戦すること。

    彼女の活動を、タイガーモブのインターンの仲間がまとめてくれました。

    海外の大学入試についてと、今後の展望

    彼女は日本の大学は受験せず、海外の大学に照準を当てて、何ヶ所かの大学に書類を準備し、オンラインで送って、大学入学のオファーをしているところです。

    まずは、TOEFLやSATを1年のうちに何度か受けて、その最もよい結果を送る。また、学業以外の「課外活動」をして、レポートにまとめる。彼女の場合は、高校の部活の大会の成績や、バレエでの活動、またインドでの活動などをまとめたりしているようです。また、それぞれの大学が求めるエッセイなどを書く必要もあります。その他、学校の成績や、先生からの推薦状なども準備する場合もあります。大学によって、求められる書類は様々です。

    同時進行で、学費が高いため、普通には払えないので、給付型の奨学金にも応募しないといけないので、その準備がさらに煩雑を極める感じ。

    日本の大学受験の方が大変だと思っていたけれど、海外は海外で、選択肢が多くて選ぶのがまずひと苦労だったり、エッセイなんかは高額なお金を払えば丁寧な添削をしてくれるビジネスがあったり(それって実力って言えるのか?)、これはこれで大変。国によっても違うけど、アメリカなんかは大学受験が巨大な市場としてビジネス展開しています。ヨーロッパは割ともう少し堅実な雰囲気。ドバイなんかは、成績優秀な学生には、学費無料どころか、お金を払ってくれるところも。それを見てから日本の受験を振り返ると、貧富の差とは関係なく、平等に、低価格で受験できるなあと、日本の良さがわかってきたりもしました。あ、でも、もし医師の資格を取りたければ、スペインあたりが安くて良さそうかもしれない。

    まあ、そんなこんなで、ラスカルは日本の受験生同様、1月現在、たいそう疲弊しているのですが、もし万が一すべて受からなければ…それでも様々な選択肢があると思っているようです。私もそう思うようになりました。人生、自分の心身の健康さえ守っていれば、「これがやりたい」という気持ちが必ず生まれる。あとはそれに従って、何とか動くだけです。もし彼女が高校で鬱を発症しなければ、私は多分、「人並みになれない恐怖」から、彼女に日本の大学を受験させようとしただろうなと思います。今は、どんな道を歩んでも、「消えたい」なんて思わなければ、ご飯がおいしくて、仲間がいれば大丈夫だし、みんなと同じが大事なのではなく、みんなそれぞれ役割分担していくことが社会だと思うようになりました。そして、娘の人生は、私には舵は取れないので、信じて見守るしかないのだなと、改めて思っています。この記事を書くのにずいぶん時間がかかりましたが、これが誰かの参考になれば、嬉しいです。

  • 日本のブラジル村に行ってみた

    日本のブラジル村に行ってみた

    アメリカから本帰国したママ友、Iちゃんに

    誘われて、日本ブラジル村に行ってきました!

    日本ブラジル村とは、正しくは群馬県大泉町のこと。昔Panasonicやスバルなどの大企業の工場ができて、1990年あたりから多くのブラジル人が移住してきたから、今でもブラジル人がたくさん暮らしているのだそう。

    詳しく知りたい方はこちらへ。

    http://www.driveplaza.com

    今日は1か月に1回ほどのペースで開催される

    お祭りに参加してきました。

    こちらが年間の日程。今年の残りの日程は、

    10/22と11/26ですね。

    10/22はハロウィンぽくやるみたい!仮装して遊びにいくと良いかもしれない✨

    Instagram ←クリックでInstagramに飛びます

    さて、美味しそうなものがたくさん。どれも食べたくて迷う。

    ミーゴレン。タフイシ。タフイシって初めて聞いたけど、タフは豆腐、イシは中に何か入れるって意味らしい。いなり寿司みたいに豆腐や油揚げの中に色々入れてフライにしたものみたい。これはインドネシア料理。ブラジル以外にも色々ある!

    こちらはベトナム料理。

    生のココナッツも!Iちゃん「ココナッツって美味しいの?」私「めちゃくちゃ暑い日に飲むとめちゃくちゃ美味しいよ」ジュースみたいな味を想像するとガッカリすると思うけど、水よりも体に吸収されやすくミネラルもたっぷりという、天然のポカリみたいな飲み物なのよねー。

    タコスはメキシコ料理と思ってたけど、ペルーでも食べるのかしら。

    なんかオシャレなバーの風情。

    今日本にいることを忘れる瞬間です!

    こちらはキャッサバ芋。生産しているのは日本人のお兄さん。ブラジル人にはあると嬉しい食材なんだろうね。なんかよく聞く名前だなと思って調べたら、タピオカの原材料になる芋であった。痩せた土でもよく育つ生命力の強い芋で、熱でも壊れにくいビタミンCが豊富だそう。

    キャッサバ芋のフライドポテトがめちゃくちゃ美味しかったので、生の芋も買って帰って自分でフライドポテトにしたけど、下処理や調理も簡単で、家でも美味しかった!生で食べると毒なので注意!

    こちらはケバブのラップ(巻いたもの)。ドバイでもこれ売ってた気がするけど、元々はトルコの料理だよね。

    こちらはネパールだったかな。牛串が柔らかい!

    ネパール料理っていうかインドじゃね?とこれを選ぶが、いや、インドにはこれにバナナは入れないわ!びびったけど、意外と美味しかった。

    Iちゃんが撮ってくれた、訳のわからない初の料理を食べる、嬉しそうな私。笑

    ガラナアンタルチカなる飲み物。ブラジル人の国民的ドリンクなのだろう。お味は…「オロナミンC」!!!この一言に尽きる!!!

    サンバのショー。はるかブラジルからこの重そうな嵩張る衣装をどうやって持ってきたのかが気になる私…さぞや大変だったであろう…

    このお兄さんのシックスパックに全部持っていかれた感すごかった。最初着ぐるみか?と疑って申し訳ない。お姉さんの綺麗なお尻も素晴らしかった!!

    このお祭り、子ども連れで来てる人もたくさんいました。お祭りじゃない日に来て、町探索も楽しそう。ブラジルのスーパーとかがあるらしい!しかしアメリカから本帰国してたった半年で、Iちゃん、よくこんなレア情報知ってたよね。相変わらずの情報通で自分のペースを崩さない、私にないものを全部持ってるしっかり者の彼女。お互い駐在期間が重なったため、じつに7年ぶり?!くらいに会ったんだけど、全然久しぶり感がなくてお互いびっくり!!

    そんな彼女のアメリカ通信はこちら。

    ルキンフォーU.S★駐在5年間キロク

    本帰国後もブログ続けてくれて嬉しい限り!

  • ナマステ・インディア祭り2023@代々木公園

    ナマステ・インディア祭り2023@代々木公園

    9月が始まり、仕事も再開しました。夏休み後半ダラダラしていたので、通常のリズムに復帰できるか心配でした。毎回夏休み明けに同じことを心配している私です。が、なんとか1か月が終わろうとしております。考えたらもうあと3か月で今年も終わり。早い。

    そんな中ですが!

    本帰国してからずーっと見たかった、冨安カナメちゃんのバラタナティアムを見に行きました!そう、ここです!ここ。

    コロナのため、2019年以来、4年ぶりの開催!朝1番に私がオンラインとスタジオのレッスンが2本あったので、午後1:30くらいに原宿駅に到着。2:40の出番に間に合いました!!

    カナメちゃんは10分間踊り続けたのですが、音と動きがピッタリ同じ!表情豊かで、踊りながら目で語ってくる!!口を開かないので全編、鼻呼吸!!何よりも…10分があっと言う間に感じる〜!!!もしインドやバラタナティアムに全く興味がない人も、思わず見入ってしまうであろう、超絶演技でした。

    目の演技!!

    ジャンプしても軸がブレない!もう6年か7年も前に、インドでまだ、ダンス発表会みたいな時に見て以来なので、私の感動もそりゃもうひとしお。その他のダンスやショーも、日本人のインド愛を存分に感じるステージでした。

    みんなインド大好きなんだね…!

    さて、食べたものはこちら。

    本帰国して食べたいランキング1位!(わたし調べ)パニプリ!!

    私はこの、ひよこ豆とダヒ(ヨーグルト)と生玉ねぎとコリアンダーと、謎のいろんなソースがかかった、八つ裂きにされたサモサを食べました。懐かしい!美味しい!!

    ドゥーサも食べた。この添えてあるチャツネがまた、懐かしいのなんの。

    ねえ!!BIRAがあったよ!!!もうビールは飲まなくなった私であったが…

    BIRA Whiteだけは飲んでおいた。交通手段が電車って素晴らしいね。これまた「そうそう!この味!!」と感動。

    マトンのプラオ。インドではマトンが羊のことじゃなくてヤギのことだった、と知った時の衝撃を懐かしく思い出しながら食べる。

    チャパティも懐かしの味。私、ナンよりチャパティが好きなのよね。しかし…どれもこれもめちゃくちゃ美味しいんだが。東京近郊のインドレストランのクオリティよ。そして最後に食べたものに心底驚いた。

    ここのお店の…

    スイーツである。(画像はInstagramより)インドに住んでいた2年と少し、インドスイーツを心から美味しいと思ったことは、実は一度もなかった私。そもそもスイーツそんな好きじゃないというのもある。選べばまあまあ食べれるかな?的な感じでした。

    私の中ではインドスイーツは、言うならば「致死量の砂糖が入った食べ物」であった。それなのに、それなのに!!

    3種類を友だちとシェアしたのだが、どれもこれも!めちゃくちゃ!!美味しいです!いや普通に何個でも食べられるよこれ!上品なのにしっかり甘くて、でも甘すぎないの!

    いやーびっくりした。

    インドスイーツって、もともとこんなに美味しいものだったのね…。

    帰りにインドの日用品売り場へ。

    子どもが食べられるようなお菓子を、必死でCブロックマーケットで探したのも良い思い出。

    MDH懐かしき。

    こちらは、別のブース。インド文化アソシエーションからの寄付らしい。

    おお!FRANGIPANIさん!!本当に楽しいひとときで、あっという間に夜になりました。また来年も行けたらいいな。もしばったりここで会いできたら、声かけてくださいねー!

  • 初の栃木から母子で海外へ。3泊4日台湾旅行紀(長文)

    初の栃木から母子で海外へ。3泊4日台湾旅行紀(長文)

    前々からの野望のひとつに、「自分で海外旅行をする」というのがあった。

    会社とか、旦那さんとか、旅行会社とかの力を借りず、自分の力で海外に行く。

    最初の難関、高速バス乗り場

    50歳にもなって、そんな事がすごくチャレンジというのもどうなの?という気もするけど。最初の難関は、空港までどうやって行くか。高速バスが楽だなと思って、予約してみた。が、場所が分かりにくい…! 

    出発時刻が4:45で暗かったこともあるけど、とにかく頼りのGoogleマップでも辿り着かない。宇都宮脱出って、こんなに難しかったのか?!

    ぐるぐる回って、なんとかたどり着いた。バス停と待合室が小さく、しかもノーエアコン。窓が開いてて、蚊にさされる。

    看板もこんなのしか出てない!レストラン最優先!!(レストランの隣にバス停がある)

    ここで車を停められます。

    帰りの空港バスのチケットを買うときに、この駐車券を見せると、割引があるため、この駐車券は大事にしまっておく。

    さらに、私のフライトの日(27日)に、目的地付近に台風5号が直撃するという天気予報。

    めちゃくちゃ揺れる予感。帰ってこれるのかも不安。とりあえず高速バスに無事乗って成田へ到着。

    久しぶりの成田空港にパトロールロボがいた。

    さて、どこに行くでしょうか?!

    (地図でバレてますよ)

    こうやって見ると、英文字と漢字の比較で、漢字の方が少ない文字で情報を多く伝えられることが実感できる。

    漢字はやはりすごい文字なんだなぁ。

    早朝3:00起きの割に遅めの朝ごはんを食べる。9時に食べたあと、11時にこんなガッツリした機内食が出るとは、誰が予想したであろうか?!

    LCCだから機内食はないと思ってた私でした。

    さて、到着しました。

    漢字文化圏というアドバンテージ

    クイズ、ここはどこでしょうかー!

    前回ほぼ、答え言ってた感じでしたが、そうです、台湾🇹🇼です!飛行機は奇跡的にほとんど揺れず、無事グラウディング致しました。

    9時半くらいに出発して、4時間くらいのフライト、時差があるので12:30くらいに到着。近い!

    早速、MTRで台北駅へ。

    MTRという呼び方も、駅の雰囲気も、バンコクにそっくり。しかしバンコクと全く違うところがある!それは!ここは漢字文化圏なんである!

    中国語の音で読めなくても、とりあえず意味がわかる!コレは大きい。

    仮面ライダーは猳面騎士。

    Lay’sは楽事!

    アタックは一匙靈制菌。ソフランは白蘭。

    うん、わかる!なんて読むかは全然わからないけど、言いたいことはわかる!!

    赤い帽子!

    日本のものもたくさんある。

    ミッションインポッシブルは「不可能的任務」

    バービーは「芭比」

    これは音訳だよね!まさかの芭蕉の芭!

    バスの中の非常用ドアも、言いたいこと、全てではないけどよく分かる。

    日本の「降車ボタン」よりもより簡明な「下車鈴」。これはマジで、永住しなさいと言われたら、できちゃうかも!とにかくラク!

    まあ、もちろんタイでもタイ文字習えばいけると思うけど、元々知ってるというのは、かなりのアドバンテージだよね。

    台湾に来た理由、それは!

    もちろんバンコクでの同志、From台with many thanks♪ のtomokosnowy ちゃんに会いにいくためです!

    彼女が本帰国する前にコロナ縛りが解けてよかった。

    1日目 迪化街と士林夜市

    今回の台湾旅行は3泊4日の旅です。

    1日目の旅程はこんな感じ。お昼到着、換金とSIMを購入後、MRTで台北駅へ。tomosnowyちゃんと合流後、台北駅近くのホテルに荷物を預けて、迪化街へ。

    ここは古くからの問屋街で、ドライフルーツやキクラゲ、ナッツなどの乾物を商う店が軒を連ねている。漢方薬の香りが漂って、歩いてるだけで身体に良さそう(笑)

    行く途中で、屋台のネギ焼きを食べたんだけど、これが想像を超える美味しさ。

    薄いクレープを想像していたけど、どっちかというと、薄いパイ生地みたいで、サクサクしてて、生地を油塗って折り畳んで、何層か作ってるなって感じ。

    ネギは生地の中に入ってて、ソースを塗ってくるくる巻いて提供。あとは豆花を食べた。豆腐のプリンみたいな豆花に、上に色々なトッピングをして食べる。

    マンゴーのかき氷もあった。

    柔らかく茹でたピーナッツ、小豆、タロ芋団子をトッピング。

    台湾のスイーツは、タイとは違い、甘さがとても控えめ!なので、日本人にはとても合うと思います。夜は士林夜市に。

    日本の夏祭りとタイのナイトマーケットを

    足して2で割ったような場所。

    ゲームもたくさんあったし、美味しいものも

    たくさん。

    トマト飴が美味しかった!トマトはもはやフルーツ。

    顔の大きさほどもある唐揚げ。

    五香粉かな?というスパイスが効いてて

    美味しかった。

    18日しか賞味期限がないという出来立ての

    ビール。苦味が程よくて美味しかった!

    2日目 龍山寺、占い横丁、激痛足ツボマッサージ

    2日目の旅程はこんな感じ。

    朝1番に台湾的朝ごはん。

    四海豆漿大王

    油條という長ーい揚げパンと、豆漿という温かい豆乳。これにパンを浸して食べる。今思えば、この時に鹹豆漿(シェントウジャン)を頼めばよかったな。台湾的朝ごはんを食べたのはこの一回だけであった。

    その後MTRに乗って、龍山寺へ。

    こんな赤い木のパーツがあり、2つ取って床に投げて、裏か表かで占いをするみたいであった。

    長女フローレンの学業のお守りを買って帰る。その足で向かったのは行天宮駅地下の「占い横丁」。

    占い横丁

    徐先生のお店は西5号にある。

    いろんな有名人も訪れているらしいここ。tomosnowyちゃんが予約してくれてたので、スッと入れた。感謝ー!!

    こんな用紙に生年月日、出生時刻を書き入れて、何を占うのかをチェック☑️する。仕事、金運、相性、その他、2つで500元、4つで1000元。るるぶ2024にも掲載されていた。

    あなたは専業主婦向いてない、新しいことに挑戦するようなドキドキワクワクが好き、自由人!旦那さんも、自由人!珍しいよ!時々スマホみたいに充電するために、電源オフして!自分の時間大事にね。2020年から今年の3年は、変化の多い年、特に2020年は大変だったね。(※本帰国の年だから超当たってる)これからは本業に専念して!お金は使いすぎ注意、不動産や家を買って!

    「念ずれば花開く」と流麗な文字で書いてくれました。お話も文字も日本語が美しい!どの占いで聞いても、私の生まれ持ったキャラクターは同じだね。もう笑ってしまった。占いって、自分を愛しく見つめ直す作業なんだと思った。色々アレなんだけど、やっぱり私ってこうなんだなぁっていう、答え合わせみたいな。

    心がほぐれたところで、次は足裏マッサージへ。

    活泉足体養身世界 行天宮 按摩店

    こちらは日本人オーナーのお店で、技術に定評があり、地元の人も通ってるそう。

    店先に大泉洋のテレビ番組の録画が流れてる!

    まずは塩を入れたお湯で足を緩めてから…

    とにかくツボを押しながら流しまくる!!!案の定、激痛!!その後足が軽くなったけど…これ毎回すごく滞ってるんだよね…。

    ここまでのことはできないけど、なんとか少しでも、自分で流すようにしなくちゃと思った。

    でも、この足の反射区…

    多すぎて覚えきれない!!!

    2日目午後、千と千尋の世界「九份」へ

    2日目午後は九份に行きました。台湾駐在妻、tomosnowy ちゃんが案内してくれたコースは、バス。

    電車でも行けるけど、最後は駅からバスに乗らないといけないので、最初からバスに乗っていれば乗り換え無しで、座って行けるから楽なのです。バスで1時間と少しで九份老街に到着。

    すでにすごい人。 コロナ禍の時は人が全くいなくてガラガラだったそうです。人が戻ってきてよかった。

    山なので見晴らしがいい。

    千と千尋のお父さんお母さんが彷徨い込んだ、美味しいものがたくさんあるご飯屋さんの雰囲気そのもの!

    くねくねした狭い登り坂を歩きます。

    日本でいう、古い温泉街みたいな感じ。でも日本には、こんなにたくさんの店はないよね。勢いがすごい。そしてついに見えました!千尋が雇われた湯婆ばの温泉宿!

    実際には、ここはお茶屋さんなのです。中に入ると、こんな感じ。

    台湾らしい風情の落ち着いた店内。

    怖いおばあさんも蜘蛛のおじさんもいません。

    ここで初めて台湾のお茶の作法を教えてもらいます。

    一煎目は、葉を洗うだけなので、急須にお湯を入れたらすぐ捨てる。捨てる時に茶器を温める今で茶器にザーッとお茶を入れて、それも捨てる。1番茶を大事にして2番目は「二番煎じ」と言う我々からしたらえーって感じ。笑

    この石臼みたいなところに、お茶をこぼしても大丈夫なように作ってある。その後は6回までお湯を入れて飲めるそう。

    葉は袋で買う形なので、お茶っ葉を替えたら、ほぼ永遠に?!ここでお茶を飲みながらおしゃべりできるというシステム。横には大きなやかんがあり、ずーっとお湯を沸かし続けてくれる。のんびりしたお茶の時間、おしゃべりが大好きな台湾の人たちの、大事にしたいものを感じられて、いい時間でした。

    夜になると、雰囲気もますます映画のように。

    提灯が美しい。たくさん写真を撮って、ギリギリ8時のバスに乗って帰路に着きました。帰りの道でご飯食べようとしたら、お店が閉まるのが意外と早くて、ご飯屋さんが1軒くらしいか空いてなくて焦ったけど、なんとかありつきました。

    「ルーローハン弁当」みたいな名前で100元。美味しかったです!

    3日目、ホテル予約と換金でトラブル発生

    今回予約したホテルはこちら。

    Plainstay Hostel

    いわゆるドミトリーみたいな、低価格のホステル。

    こんなベッドがあって、ここで寝る。外から見ると…

    こんな感じ。2段ベッドが5つある部屋です。

    共通の手洗い場。

    洗濯機もあったけど使い方が全然わからん。

    シャワールームこんな感じ。全体的に清潔でオシャレな感じであった。お湯もちゃんと熱いのが出た。台北駅出てすぐのところにあって、立地が最高。

    が!トラブル発生。このホテル、3泊の予定なのに2泊しか予約してなかった!!ということに、2日目の朝7時に気づく。あと3時間でチェックアウトじゃん!!そしてもう一つトラブルが。台湾のお金がもう200元しかないが、換金できる場所が土日はクローズしている!10:40にはディエンタイホンに行かないと行けない我々。さあ無事ここを乗り切れるのか?!

    台湾の郵便局で換金

    とにかく代替えのホステルを探すしかない。そこでとっさに見つけたのが、すぐ近くのこちら!

    Old Door Hostel & Bar

    マジで、今いるホテルの2軒隣。

    しかも、こちらも2段ベッドの合同部屋で安い。前日なので空いてるかどうか不安だったけど、土曜なのに、奇跡的にベッドふたつ空いてた!(ちなみに元いたホテルは空いてなかった)これで泊まる場所確保〜!そしてもう一つ、台湾の現金がない事態。調べたら換金はレートがいいのが空港と郵便局と銀行、あとは穴場のお茶屋さんとかがいいらしい。

    が、郵便局と銀行は土日休み!

    お茶屋さんはいくつかあるがここから遠い!

    台湾では、換金は予定金額を空港で全額換金しておくべし、少なくとも平日に換金すべし

    という、台湾でやった方がいいこと、ていうか「鉄則」を、私はこの時知ったのであった。何度も言うようだがディエンタイホンに我々10:40に待ち合わせしているのだ…。

    小籠包を食べるため、遅れるわけにはいかない

    ディエンタイホンのある台北101の中に換金できる場所が?いや、その情報は古くて今はやってない?その近くの日本系デパートで換金してくれる?でもレートの悪さは確定?などとブログを読み漁っていると、あるサイトに「郵便局は土曜の午前中空いてる!午前中一本勝負」と書かれているではないか。

    ↓窮地の私を救ってくれたサイト

    おさんぽみち台湾

    よく読み直したら一本勝負とは書いてない、「午前中勝負」だった(笑)ホテルから台北郵便局が歩いて8分くらい。オープンは9時。この勝負いただいた!!

    道中の風景。台北もバンコクみたいにバイクが多い。でも、バイタクみたいなのはないって。

    バスに行き先が書いてある。バンコクにはあまり、行き先書いてないんだよね…

    着いた郵便局の中はこんな。

    日本の郵便局と空気感が似てる。

    ここで受付して、整理券をもらう。

    この番号が呼び出し番号。わかりやすい。オープン直後で空いてたのですぐ呼ばれる。あっという間に換金成功!

    台湾の郵便局のキャラが鳩かな?可愛い。

    建物はクラシックで素敵だったが、これは日本が昔建てた建築物らしい。

    ↑説明が書いてあった。

    帰り道の空の爽やかなことと言ったら!これが、所持金600円から、4万円になった瞬間の私の心象風景です。笑つくづく、私はトライ&エラー&リカバリーみたいなことが好きなんだなと思う。

    執念で辿り着いた鼎泰豐(ディエンタイホン)

    ホテルブッキングトラブルと換金トラブルからの脱出を経て、鼎泰豐(ディンタイフォン)にようやく着いた我々。

    バンコクでも見たキャラクター小籠包くん(推定)に再会できた喜びよ。

    台北101店はめちゃくちゃ混むので、いかに整理券を手早くゲットするかが鍵。tomosnowy ちゃんが10:30から並んでゲットしてくれてたのですぐ入れた。感謝!

    オススメの副総菜、たけのこときゅうり。たけのこは節がなくて、シャキシャキで瑞々しい。なんかとうもろこしみたいな風味!

    こちらはさつまいもの葉。実は成らせず、葉を育てるように栽培するとか。濃厚なのに癖のない味!

    そしてこちら、小籠包!このひだひだの細やかさ、美しさは特許を取っているんだとか。街中で食べた小籠包とは格が違う!皮が薄くてあんの味がパーフェクト。

    ワンタンメンも美しい。

    こちらはチマキ。皮を剥いて食べやすくしてくれている。

    豚肉を乗っけたチャーハン。どれも濃すぎず薄すぎず、絶妙な味付け。

    こんなのいくらでも食べられちゃう!

    副総菜のディスプレイ。どれも美味しそう&美しい。

    小籠包を作る人たちをガラス越しに見られる。手つきの速さ、正確さに見入ってしまう。

    帰りに見たら130分待ち。ディズニーランドか?

    グッズも色々あって可愛かった!さすが世界に羽ばたく鼎泰豐(ディンタイフォン)。

    台北のランドマークである台北101。端っこの雲みたいな金具が可愛い!この後は雑貨を買いにウロウロして、火鍋を食べて、台湾旅行の行程は終了となりました。

    台湾で見つけた可愛いもの

    台湾で見つけた色々可愛いものを並べて

    旅行記のシメにしたいと思います!

    駅で見かけた京劇のメイク。

    タイとも似てるし、中国の京劇とも似てる!

    文化はミックスされながら成長していくんだね。

    歌舞伎もその流れの中なんだろうな。

    可愛いカバン。漁師網バッグ(茄芷袋)。

    迪化街の高建桶店にて

    高建桶店

    駐在妻が行くスーパーを見せて!とお願いして入った店内にて。このおじさん、オートミールのおじさんじゃなかったの?!転職?!衝撃の高麗人参バージョン!!

    こんなはずじゃなかったマネキン。バンコクにもいたよね、たくさんいたよね。

    このマークが道路に…!!!!

    左右逆?

    ファミリーマートは「全家」

    モスバーガーは「摩斯漢堡」

    しまむらは「思夢樂」

    おそらく台湾の大泉洋。

    台湾かき氷!アイスをバーナーで炙っている。

    台湾の本当の漢字のデザイン。

    つまみ上げられる小籠包ウサギ。

    小学校の壁画。

    新旧素敵建物的コラボ。

    台湾の電気鍋のキーホルダー。中身もちゃんと入ってる!が、実はこれ、電車やバスに乗る時ピッてできるカードの代わりだと!!可愛いもの大好きtomosnowy ちゃん私物。

    こちらのポムポムプリンもピッてできる!すごい。日本でもやればええのに!

    謎の動物。

    こんな感じで、台湾は我々に「ここは住める、全然無理なく住める」と確信させられた場所でありました。これで生活費が安ければ完璧。でも実際には、駐在で住むのには苦労も多いであろう。tomosnowy ちゃんはバンコクに比べて台湾は「人々は普通に暮らしてる」と言っていた。バンコクの、オールナイトでお酒飲んで朝までネオンがついてるあのアゲアゲな感じ。駐在妻も今だからとそのノリに乗っていくみたいなあの感じはここにはなくて、古き良きものを大切にしながら穏やかに暮らしているんだろうなと思う。怒涛の3日間アテンドをしてくれたtomosnowyちゃんのブログはこちら。

    From 台湾 with many thanks♪

    本当にありがとー!また日本で会おう!!

  • インドの色かけ祭りHoli(ホーリー)に参加すると@グルガオン2023

    インドの色かけ祭りHoli(ホーリー)に参加すると@グルガオン2023

    インドに色々お祭りがありますが、中でも有名なのはHoli(ホーリー)。色粉をお互いにかけ合って楽しむ、春のお祭りです。映画「バジュランギおじさんと小さな迷子」でもそんなシーンがあったから、それで知ってる方もいるかもしれない。

    ↑こんなイメージ

    いつがホーリーの日なのかは毎年違うのですが、2023年は3月8日でした。その日に向けて、お店では色々なホーリーのためのグッズが所狭しと並びます。

    上からぶら下がっているのは、子ども向けの、背負うタンクからホースが伸びてその先に水鉄砲がついているという、本気で相手をビシャビシャにさせる気合いの入った水鉄砲。色粉だけでなく水も掛け合うのです。下に並んだ袋ものは、色粉です。

    緑、黄、赤、オレンジ、ピンクなどなど、カラフルな色粉が並んでおります。

    こらは、2連発みたいな…?なんだろ?下にあるのは水風船。

    こんな風に水を入れて準備して、水爆弾のように相手にぶつけて破裂させるやつです。

    いよいよ当日!

    日本人が多く住んでいるグルガオンのマンションでもホーリーが行われます。デリーでも大きな公園に行くとやってるそうです。みんなやる気いっぱい!

    こんなホーリー用のTシャツで参戦したり…

    ジャパTと呼ばれる、ニューデリー日本人学校の体操着を、本帰国前のホーリーであえて着る人もいます。真っ白Tシャツもいいよね!色粉を掛け合い、水鉄砲や水風船では飽き足らず、バケツで水をぶっかけたり、しまいには…

    なんかプロの人出てきた?!?!おい!こんなの一人勝ちやんけー!!(笑)

    上から見るとスプラトゥーンみたいな風景?!楽しそうですよね。このお祭りに私は実は参戦したことがなくて、大変残念に思っております。デリーだと参加しにくかったのよね…。いつもホーリー休暇に海外に出てしまっていました。今もし参加できるなら喜んでしたいです!インドはこのホーリーでも相当暑くなってきていますが、この後ぐんぐん気温が上がっていきます。旅行するのならホーリーと合わせて行くのも楽しいし、気温もそこまで高くないので、オススメの時期です。

  • 娘が不登校になりかけた時に私がしたこと、感じたこと

    娘が不登校になりかけた時に私がしたこと、感じたこと

    娘はいわゆる帰国子女です。小学校4年の夏にインドに行き、6年の冬にタイに行き、中2の終わりに日本に本帰国しました。

    飲み水が飲めると喜ぶ成田空港での子どもたち

    インドでは本人の強い希望でインターナショナルスクール、タイでは本帰国時の高校受験を見越して日本人学校中学部に通いました。インターはほとんどインド人だったし、カリキュラムはスウェーデンのもので、日本の教育とは内容もノリも全く違いました。そこで彼女は英語を話す楽しさを知りました。一方、タイのバンコク日本人学校は日本のカリキュラムに則った学校でしたが、私立で、日本の公立高校とはまた雰囲気もかなり違ったと思われます。

    本帰国後、高校は自分で地元の進学校を選んで、帰国子女枠でかなり優遇してもらって運良く入れました。これが一見ラッキーなことでしたが、実際入ってみると、大半が小学校受験からの小中一貫私立出身、さもなくば中学でトップをひた走ってきた人たちの集団で、どちらも「コツコツ努力し続けた人」。フワッと生きて来た娘は、一年かけて授業についていけなくなりました。予習と復習を必ずしないといけなくて、その上に小テストや模試がひっきりなしにあり、定期試験も範囲が広く、実力テストみたいな問題も出るような内容。他の子のようにコツコツ勉強する習慣がない娘は、予習と復習もままならない状態でした。

    彼女は高校生活に色々夢を描いていたので、部活に2つ入りました。さらにバレエも再開。学校の後、何かの活動が入り、夜遅くに帰宅する毎日。予習復習どころか、塾にも通う余裕がなくなり、すこしずつリズムが狂い始めました。

    決定打だったのは、1年の終わりに部活動の部長になったことでした。対外試合の計画や相手高校への連絡、部のスケジュール管理、部員への連絡などの、普通なら顧問の仕事ではないかと思われる業務が、「自主性」の名の下に、彼女ひとりに任せられました。もしどこかで失敗すれば、多方面に迷惑がかかるというプレッシャーもあります。保護者からのクレームは顧問の先生が受けてくれましたが、筋違いなクレームに反論することもなく、そのまま部員に下ろします。部員全員で決めたことへの、我が子可愛さが言わせたクレームでしたが、そもそも色んな事項を最後に決定するのは部長です。「ちゃんとできない私が悪いんだ」と、娘は自分を責め続けました。

    2年になると、夏休み明けあたりから遅刻と欠席が大幅に増え、親の目から見てもこれはヤバいなという感じになりました。いつも泣いてるし、悩んでいて、起き上がれなくて寝てる感じです。疲弊しきっているのがよく分かりました。部屋を片付けることもできず、踏み場のない部屋で、ずーっと布団にくるまって寝ているような日が週に1〜2回ありました。頑張って学校に行っても、授業中に涙が出て来て、泣きながら受けたこともあったそうです。親から見ても、驚くまでの変わりようでした。

    最初は「しんどいから休んでるのだろうな」と思ったり、「頑張ったら行けるのになんで」と思ったりしていました。怒ったり怒鳴ったり、送迎してみたり、話を聞いたり、学校に文句を言いに行ったり、私の立場からできることは思いつく限り色々やってみました。オンラインの心療内科で薬をもらい、少し回復しましたが、完全に復活することはなかったです。そのうちに私はこう思うようになりました。

    「この子は先生の指示する通りに、期待する通りに努力し続けてきたから、努力不足ではない。彼女は何も悪くない。なのに、こんなに基礎的な心の部分が損なわれてしまった。学校とは?そもそも、何ために勉強をし続けないといけないんだろう?」

    そう思って見ると、進学校ってなんだろうと不思議に感じ始めました。勉強が大好きで、もっと追求したくて、あるいは友達と切磋琢磨したくて進学校に入る人はいいんだけど、勉強し続けたらより偏差値の高い大学に入れる、という目的で勉強している人は、「より偏差値の高い大学に入るは何のためなのか」ということについて考えたことがあるのだろうか?と思ったのです。大学はそれぞれ学部があり、やりたい専門があって、その学部がある大学なら、どこでもいいはずです。偏差値がいくつか違ったりしても、学べる内容にさして違いはないのでは?また、有名な偏差値の高い大学を出たとしても、その学部選びをミスしたら、その学部が有利な就職先にいかないといけなくなる。何が言いたいかというと、1番大事なことは、その子に合った仕事に就くために、大学に入学することが大事なのであり、ただやみくもに偏差値のより高い大学に行くように指導することが「教育的」ではない、ということです。

    もちろん、勉強がよりできた方が「選択肢が減らない」のは間違いないです。でも、どんなに多く残っていたとしても、最後にはその選択肢から、ひとつ選ばないといけないのです。選んだ選択肢の中には、そこまでの勉強は必要ではない場合だってあります。勉強が無駄だと言うのではなく、もちろん、多くの知識があった方がより精神的に豊かな人生が送れると思います。でもその知識や豊かさですら、勉強とイコールではない。偏差値を上げるために闇雲に何かを暗記させることとイコールではないはずです。

    私は小学1年で学習支援員をしています。椅子に座れないような子を座らせ、一年経ってもひらがなが読めない子にひらがなを書かせています。この子が努力して「通常コース」に乗らないと、この子自身がとても大変な思いをすることになるだろうと、その一心で仕事をしています。

    でも、私が導こうとしている先は、このコースなのか、学校教育で努力して勉強し続けてきた子どもの行き着く先である進学校は、最上部の層が首尾よく東大に何人入れたか、の確認の場であり、落ちこぼれた子どもに補習をしたりすることもほぼない。つまり、子ども一人ひとりに合った進路を一緒に考えてくれる場所ではないんだなと、目の前が暗くなる思いでした。もしかしたら私学は違うのかもしれないし、都道府県によっては違うのかもしれないですが、娘の通っている高校は「県内で最も勉強ができる子どもが通う高校」と言われています。集めるだけ集めておいてこんな感じなんだ、と、心から失望しました。

    今、娘は高2で、単位を落とすと留年する状況にあります。「あと一限休めば留年になりますので」と電話が担任から一本あっただけの状態です。最後の頼みの綱である担任にどんなに訴えても寄り添って頂けなかったので、もうどんなに頑張っても、今年度でこの高校を辞めることになると思います。娘は自分で選んだ通信制の高校へ行き、その後海外に留学したいという夢を持っています。

    いざ学校を離れると決めると、親子ともども、すごく楽になりました。もちろん定番のコースを外れる怖さはあり、お金もかかるし、今後親としてどうしたらいいのかの悩みは尽きないですが…バイトして、好きなことをしながら、自分の人生を楽しんで生きて行ってくれたらそれでいいと今は思っています。毎日心が重くて、泣きながら、腹痛を抱えながら登校する娘を見なくてもいいと思うと、春が待ち遠しいくらいです。

    結論を今の時点でまとめると、帰国子女として海外のさまざまな学校を見てきてからの日本の公教育がとても圧が高く、魅力が少なく、耐えられなかったのではないかと思います。それしか知らなければ耐えられるのかもしれないけど…クラスや部活では、誰も意地悪ではなく、むしろ優しい友だちに囲まれていたのですが、合わなかった、それだけのことなのだろうと思います。

    あと一年したらきっと巣立ってしまうだろう長女と、一緒にいられる時間を大切にしていきたい。今私が思っているのはこの一点です。今後どのような展開になるのかは分かりませんが、娘が自分の足で歩いていくことを信じて、ただ一緒にいたいと思います。

    長らく読んでいただきありがとうございます!!またその後の報告が出来ればと思います。

  • エラー音が鳴り止まない電気温水器の対処法【東芝 HPL-RM53F】

    エラー音が鳴り止まない電気温水器の対処法【東芝 HPL-RM53F】

    我が家の電気温水器、5年間の駐在から2020年に本帰国してから、すぐに故障してお湯が出なくなりました。コールセンターに電話して予約し、7万円くらいかけて修理した。その時のことはこちらの記事にまとめました。

    電気温水器でいきなり詰む

    その後、修理の甲斐あり、復活して使えているのだけど、だんだんお風呂の湯はりの水位が上がってきました。本来ならお湯張りすると、指定した水位で自動で止まるはずが、放置しておくと溢れるようになってきた。またまたコールセンターに電話して状況を説明してみると、水位センサーが多分壊れているとのこと。「修理できますか?」と聞くと「水位センサーの部品はもう生産終了しているので、交換できない」のだそう!つまりもう電気温水器そのものを買い替えるしかないのである…!!しかし、とりあえずお湯は出るので、騙しだまし使っていた。

    まず外の温水器の小さな窓が3つありますが、真ん中右の電源のところの扉を開けます。

    が!今度は2022年の夏くらいに、今度はエラー音が鳴り止まないという事態に。多分、水位が異常ですと知らせるエラー音なんだよね。でもお湯張りはちゃんとできるので、おそらく水位は大丈夫で、センサーが異常なんだけども。これはうるさいし、近所迷惑だなぁと、検索してうまく行った方法を載せてみます。

    こちらです。まず外の電気温水器の本体にあるスイッチを確認。3つあるうちの、右の真ん中の扉を開ける。

    これは漏電遮断機らしいですが、このスイッチを「切」にします。しばらくおいてからまた「入」にします。そうするとしばらく黙ります。(笑)とりあえずの対処法としては有効です。4時間くらい効きました。夜、お風呂にお湯はりをすると鳴らなくなります。多分お湯の水位が減るからなんだろうなぁ。

    でも根本的な解決ではないので、早いこと買い替える必要がありそうです。持ち家もそれなりにお金がかかるなぁ。

    そう思っていたら、昨日からまたエラー音が鳴り止まない。でも鳴るときと鳴らないときがランダムで、少し我慢していたら静まるときもある。心の中はもはやジブリの祟り神様を鎮めるサンのように心の中で「鎮まれ…鎮まれ…」と言うしかない私です。

    エラーコードがH2は水位異常。

    こちらから確認できます。

    東芝電気温水器 エラーコード一覧

    給湯器って、コロナの関係で予約しても入荷が半年先とかになるという噂を聞いております。もし壊れて新しいものがホントに半年先にしか来なかったら、我々はどうなるのであろうか。インドに売っていた熱くなる電熱線のコイルヒーターでバケツの水を沸騰させて、それで体を拭いたりする感じなのだろうか。久しぶりにAmazon Indiaを見てみたらちゃんと売ってるわ。

    こんな危険なものは日本にはないと思ったらモノタロウに売ってた。よかったわ…?!でも使用用途はお風呂のお湯を沸かすことではないであろう。

    日本でもうっかり詰むとインド的な生活を楽しめるのね。などとアホなこと言ってないで、温水器を早く予約しなくちゃです…!!!

  • 自己肯定感って、自分を好きになることなんかじゃない。

    自己肯定感って、自分を好きになることなんかじゃない。

    自己肯定感って、よく聞く言葉ですよね。自己、自分のことを、肯定「OK」と思う心持ちのことです。子どもにも自己肯定感が高い子どもになって欲しい!とよく聞きますし、私もそう思っています。が、これについて、私は今まで大きな勘違いをしていたことに最近気がついたので、書いてみようと思います。

    自分を肯定する=自分をいいと思うこと?

    肯定する、イコール「いいと思うこと」と私は思っていました。自分をいいと思う。自分を好きになる。耳触りのよい、理解しやすい言葉ですが、実行するとなると簡単じゃない。自分を「いい」と思うって、なかなか難しいことなんじゃないかと思います。

    なぜなら、自分のいいところはあまり見えないけど、悪いと思える部分だけはたくさん見えるから。自分の怠惰なところ、狡いところ、意地悪なところなどなど、たくさんのブラックなところを、自分だけは余す所なく知っています。今までに失敗した履歴も自分だけは全部知っています。他人にはわざわざ見せないから、知られてないけど、自分からは逃げようもないことです。だから、たとえどんなに他人に「あなたはいい人ね」「親切ね」「素晴らしいね」と言われても、それをそのまま受け取ることは難しいのです。「それはあなたが優しいからそう言ってくれてるんだよ、ホントの私はそんなんじゃないの」って感じに、どうしてもなっちゃうんですよね。

    それに、自分よりも素晴らしく見える人は世の中にたくさんいて、それに比べて私はそんなでもないのです。SNSなんかで簡単に見られるけど、リアルでは知らない「この人」に比べて、私は美人じゃない。頭もよくない。運動もそこまでできないし、面白くないし、スタイルもよくない。子ども時代にピアノを習っても途中でやめちゃうし、結局英語も話せないし、走ってもそんなに遠くまで走れない。ブログを書いたってアクセス数が1位とかにならない。(笑)努力が足りないのか才能がないのか運の巡りがよくないのか、とにかく何をしても1番になれない。こんな自分は嫌だな、ダメだなーって思う要素がありすぎる。で、もし望み通り1番になったら、自分を好きになれるのかというと、そこがまた難しいところで、他の足りないと思われるところが見えてくる。あるいはずっと1位でいないといけなくなり、ますます息苦しいというオチが待っているかもしれない。

    SNSなんか開かなくても、すぐ隣にいる人と比べても私は優れたところがない。真面目な人ほど、そんなふうに自分をジャッジしていきます。そんな中で「自分のことを好き」と言えるわけもなく、でも「自分が好き」って言える人が正解なのに…と、またそれで自分を良くないとジャッジしていきます。そういうループって終わりがないです。

    一見上手くいくかなと思った手法

    でも、そんなに自分をジャッジし続けるのもしんどいので、何かいい方法はないかと考えました。この方法は少し楽になれたので、上手く行ったように思います。その方法とは、「自分を友だちのように思う」ことです。

    例えば自分を外から見て、こんな人が友だちだったらどうかな?と思ってみる。もし友だちなら、そこまで厳しくジャッジはしない。一見フレンドリーな感じもするし、まあまあ仲良くやっていけそうじゃない?心の中の悩みを聞いてあげて、「そんなの大丈夫だよ」「あなたは頑張ってるよ」と励ましてあげたくなる感じがする。視点を外に出して自分を客観的に見たら、そこまでストイックに高い目標を掲げない。だって友だちだから。自分じゃないから。それで十分だからです。自分じゃないと思うとジャッジのハードルは下がります。この方法で少し楽になった私は、数年この方式で暮らしていました。

    でも、ある日、何気なく思ったんです。

    自己を肯定するって、「こんな自分がここにいる」ことをただ「受け入れる」ことなんじゃないか?

    と。肯定って、何かと比べていいとか優れてるとかではなくて、ただ「受け入れる」ことなんじゃないかと。こんな風に思ったのは、私がずーっと陰ヨガのワークをし続けてきたからかもしれません。陰ヨガでは、自分のありのままの体と心の状態を、ジャッジを外して、ただ受け入れるということを目指すのです。

    こんな自分、不器用で色々上手にできず、見た目もアレだし性格もアレな自分。子育てもうまくできてないし、人生も行き当たりばったりで計画的でないし、理想とはかけ離れた自分。こんな自分が今ここにいる。なんか知らないけど世界に存在しちゃってる。ここに現に生きている。とにかく一生懸命存在している。とにかく、その事実を受け入れる。つまり、理想的でもなく、価値があるとも思えない、つまんない自分の存在を「肯定」するってことなんです。「ここにいて良いと許可して、受け入れる」ことです。

    よく考えてみたら、周りの世界はずーっとその許可を私に与え続けていました。生まれてから、今この瞬間まで。どんなに誰かに悪く言われても、嫌がられたとしても、私はここに居続けることができた。なんならそういう嫌な経験ですら、何か与えられたもので、そこから学ぶ何かがあるだけだった。世界は私を許し続けてくれていたのに、私だけが、ジャッジをし続けていたのです。いわゆる一人相撲です。(天災や事故で命を失うという事態は、この場合ちょっと外して頂きたいです。そのことについても、ずーっと考え続けています。なかなか難しい命題だと思っています)

    自己肯定感とは、自分をジャッジしないこと

    もし、自分の子どもに「自己肯定感を育む」ってことがしたいと思っていたら、まずは自分が自分をジャッジすることをやめることです。とにかく、苦い薬を飲むように、煮え湯を飲むように(笑)自分が自分であるということを受け入れます。そんなに楽しいことではなくて、基本的には「諦める」って感じ。だから、「自分を好きになる」って感じとは全く違う心持ちです。「あー、仕方ない、私はこういう人間で、それ以上でもそれ以下でもないんだ」と、ただ認める。そしたらびっくり、周りの人や、子どもの色んなことがあまり気にならなくなってきます。子どもなら、そこに居てくれるだけでいいっていう生まれた瞬間のあの初心が思い出されます。周りの人なら、「なるほど、この人はこういう風に生きたいんだな。私はこういう風に生きたいと思わないけど」ってなります。

    良い、悪いというジャッジについて

    そもそもなぜそんなに自分をジャッジし続けていたのかというと、誰かに認められたかっただけだったり、よりよい自分に成長したかっただけだったりします。小学1年生の時に、先生に褒められたかった、周りの人々に認めてもらいたかった、その子どもの時の心が残っているのです。その時から我々はずーっと色々な経験を積み、成長し続けるためだけに生きているのだと思います。経験は当然甘いものも苦いものもあります。それを味わうために生まれてきたのだろうと思います。

    ジャッジにはいつも「良い」「悪い」という判断が伴います。それをやらないということは、良い、悪いを手放すということ。善悪というのは、頭で考えた便利な概念で、実はそんなものはありません。現実の世界には、陰陽のように、さまざまな相反するものが混ざり合っています。完全なる善悪は、おとぎ話にはあるかもしれないけど、現実には存在しないのです。

    例えば「悪」と思われる、誰かの命を殺めてしまった殺人犯などを考えてみると、その人が「そうせざるを得なかった」流れというものが必ずあります。人というのは、誰かの命を奪うようになるためには、色々な流れ、理由があると思います。例えば環境、お金の問題、元々持っていたキャラクター(それすらもその人のせいではなくて、生まれ持ったものだったりして)、感情や思想の蓄積。その人がそういう行動をしたのは「色々な条件が重なった結果」でしかなくて、その人そのものが元々悪人100%であったわけではない。悪名高いヒトラーだって、条件が整わなければ、才気あふれる画家になっていたかもと言われていますよね。

    もちろん、悪いことをする、しないの前には、その人自身のストッパーがかかるべきで、責任も伴いますが、私が言いたいのは、そのストッパーすらも、自分の意志でどうにかできるものではないということです。まあ、私自身が、「死にたい」とか「殺したい」と思ったことがないので、その辺りは想像でしかないのですが。例えばやる気スイッチが自分でなかなかコントロールできないのと同じ感じかな。

    まとめ

    ちょっと話が遠いところまで来てしまいましたが、私の捉えた「肯定」の意味合いが分かっていただけたでしょうか?私はことことに気がついてから、もちろん完全にジャッジを手放した訳でもなく、行きつ戻りつやっているわけなんですが、ものすごく楽になりました。

    自分を「諦める」ことで、逆に自分を取り戻した感じです。ダメな自分でも「そのままでいいよ」となると、怖いものがなくなる感じがします。本当に怖いのは、他の誰でもない、自分の1番近くでいつも自分をジャッジし、責めている、自分自身です。そこから解放されたら、本来持っていた、自分の真の力が出てきます。

    こんなんで伝わったか甚だ心許ないですが、この一連の私の気づきが、あなたの何かのヒントになれば幸いです。長々とした記事をお読みくださり、ありがとうございます!

  • USJ近くの民泊「ユニバーサルベイコンドミニアム」暮らすように泊まれる!ファミリーに最適なホテル@大阪南港

    USJ近くの民泊「ユニバーサルベイコンドミニアム」暮らすように泊まれる!ファミリーに最適なホテル@大阪南港

    20年ぶりに子どもを連れてUSJに行きました。できれば一部屋で泊まりたいのですが、家族5人、しかも子どももみんな大きいので、条件に合うホテルがなかなかありません。このホテルは元々マンションだったものをリノベーションしてあり、部屋数が多く快適でした!駐車場も無料です!(ただし20台まで)

    ホテルのフロントは無人のシステム

    ホテルのフロントです。ここでチェックインをして、キーをもらいます。キーは郵便受けに入っていて、チェックインすればロック解除のナンバーを教えてもらえるのですが、実はこのチェックインの作業が面倒でした。事前にこのチェックインをオンラインですることもできるそうです。海外から来た人の場合はパスポートを持って証明写真を撮ることを求められますが、日本人はそこは省略可能でした。

    お風呂で使う手桶と椅子がレンタル用に置いてありました。つまりお風呂にはこれらのグッズはないのです。我々は借りなかったのですが、まあ、なくてもなんとかなりました。

    エレベーターが奥にあります。元マンションというのがよく分かる間取りです。

    部屋の雰囲気

    リビングダイニングです。椅子が2つ、テーブルベンチが1つ。5人で座れます!よかった!(笑)

    隣に和室。ここで布団3組ひけます。

    セミダブルベッドが一部屋にひとつずつ。照明が可愛い!

    洗面所。洗濯機もありますが、洗剤はありませんでした。近くのコンビニで買うことはできます。

    ボディーシャンプー、シャンプー、リンスはありました。

    生活に必要な備品

    掃除機、アイロン、アイロン台もありました。物干し竿やハンガーもあったので、本格的に洗濯物が干せます!マジで暮らせそうです!

    ベランダの横にはサンルームがあって、暮らしやすそうな間取りだなぁと感心。雨の日はここに洗濯物を干せるし、家事ルームとしても使えそう!近くにスーパーもあるし、なんだか、住む妄想がどんどん膨らむホテルです。

    キッチンには家電がひと通り揃っています。冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター、炊飯器、電気湯沸かし器。コーヒーだけでなく、塩やこしょうがあるのもすごい。

    キッチングッズやカトラリーも揃っていました。コンビニでお弁当を買っても、割り箸要りませんと言えるこのラインナップ。

    コップや食器もありました。IKEAが近くにあるのでIKEAの食器なのかな。その他、鍋ふたつ、包丁やスポンジ、食器洗い用の洗剤などもありました。

    ここまで揃うと布巾が欲しくなるね!と思わず言ってしまうくらいの揃いっぷり。

    ここに前泊したお陰で、無事USJ に早めに行くことが出来ました。ここから車で20分もかからないで行けました。

    ちなみに9:00開園と言いながら、この日は8:00にはもう開いてました。早めに行くのが吉です!

  • 神戸観光に便利!「神戸ルミナスホテル三ノ宮」

    神戸観光に便利!「神戸ルミナスホテル三ノ宮」

    神戸観光のために、ホテルで一泊しました。家族5人でなるべく予算をかけずに、また車移動だったので、無料の駐車場があるホテルで探しました。選んだのは「神戸ルミナスホテル三ノ宮」です。どんなホテルだったのかご案内します!

    ホテルの立地

    神戸ルミナスホテル三ノ宮は、三ノ宮駅から近く、神戸市役所のすぐ裏にあります。中華街の南京町にも歩いて行けるし、南に歩いて海洋博物館やポートタワーを見に行くこともできます。北の異人館や、西のメリケンパークにも、頑張ればギリギリ徒歩で行くことができます。三ノ宮駅から神戸駅までは一駅ありますが、距離はとても短く、地元の人はだいたい歩いて移動していると思います。(元兵庫県民の感覚です)イメージとしては、神戸観光エリアのちょうど真ん中あたりに位置する感じです。そばにコンビニもあります。便利な立地です!

    ちなみに「神戸ルミナスホテル」もあり、そちらはJR兵庫駅近くの立地になります。間違えないように注意です!(私は最初、混同してました)

    ホテルの部屋の雰囲気

    ホテルは、今回家族が5人、親2人と子どもが小学生、中学生、高校生だったため、シングル一部屋とツインを一部屋予約しました。ベッドはすべてセミダブルです。こちらはツイン。

    ここに高校2年生娘1人と、小学4年と私がひとつのベッドで寝ました。いつもダブルベッドで寝ているので、普通に寝ることができました。同じ大きさのベッド1台のシングルの部屋で中1の息子(140センチくらい)と旦那氏が寝ましたが、こちらは少し寝苦しかったんじゃないかと。(笑)ツインふた部屋にしたらよかったのにね…(予約を取ったのは旦那氏なのでまあいいか)

    バスルームはこんな感じ。シャンプー、リンス、ボディーシャンプー、ドライヤー、タオルがあります。歯ブラシや綿棒、コットンもありました。バスローブのような形のコットンの薄手の寝巻きが2つ用意されていましたが、私は持参したパジャマを着ました。

    朝食ビュッフェ

    朝食はビュッフェでした。今回の我々のプランの宿泊料金には入ってなかったのですが、当日お支払いすれば利用できました。大人1500円、子ども1000円(中学生まで)。和食と洋食、少し中華がありました。

    サラダ。旅行中は野菜不足になりがちなので、フレッシュなサラダは嬉しい。

    ドレッシングは、三択なら普通は、ごま、和風、フレンチみたいになるんじゃないかと思うのですが、この三択!ドレッシング好きとしては好感度大です。ノンオイル柚ドレッシングも気になったけど、コーンドレッシングというのは初めて見た!コーンスープみたいな甘いドレッシングでした。特に子どもが喜びそうな味です。シーザードレッシングも美味しかった。

    変わっていると言えば、おでんがあったのにも驚きました。大根がしみしみで、卵も美味しかった!

    この日は元日だったので、お節っぽい小皿が並んでいました。黒豆に紅白なます、酢ごぼう、田作り、卵焼き。これも嬉しかったです。

    神戸なのでパンは美味しいだろうと思ったら、案の定、トマトパンなど、珍しいパンがありました。流石です。トースターがあればもっとよかったな!(私が見つけられなかっただけだったらすみません)

    すぐ近くに中華街があるからか、焼売も美味しそう!他にはご飯、お味噌汁、納豆や海苔などの和食もあり、パン、シチュー、シリアルにスクランブルドエッグ、果物など、洋食もあり。

    GoogleMapの口コミでは「平均的なモーニングビュッフェ」とあったのであまり期待してなかったんだけど、全然平均的じゃない!メニューも豊富だし、味がひとつひとつ丁寧に作られているのが分かります。

    特にそう思ったのがこのカレー。カレールーをといたような味かと思いきや、スパイスも感じられるし、フルーティな香り、香味野菜や果物を煮込んだ味なのではと感じさせる本格派!

    お腹いっぱいだったのに、これまた美味しそうだったスクランブルエッグをトッピングして食べました。満足です!

    神戸観光の拠点としては、立地、コスパ、食事、どのポイントも素晴らしいホテルでした!